参拾 ページ2
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「………誰だお前」
次の日。
私は助けてくれた御礼にと、
その人が住んでいるお宅へと足を運んだ。
どう呼べばいいのか分からなくて、
正門前でウロウロしていたら、背後から彼が声をかけてきた。
少し警戒したような声色。
昨日の男に向けていたような怖いものだった。
でも私の姿を見て、やがて彼は首を傾げる。
「………？………あァ、お前昨日の」
どうやら気づいてくれたらしい。ほっと胸をなでおろす。
昨日向けてくれていた声色とは
全く違っていたから、本当に怖かった。
ペコリと頭を下げると、彼は私の下に近づいた。
「何しに来たァ」
『…………、………』
「？？黙ってちゃあ分からねェだろ」
『────。──』
「！お前、そりゃあ………声が出ねぇのかァ？」
『…………。』
彼の言葉に、私は頷く。
それから懐から紙と万年筆を取り出して、
サラサラと字を書いた。
私は昔、首に傷を負い、以降声が出なくなった。
全く出ないわけではないが、酷い声なので、
こうして筆談で会話をするのだ。
『【筆談で失礼します。昨日はありがとうございました。
本日は御礼を言いにこちらに参った所存です】』
「………礼はいらねェ。たまたま通りかかっただけだァ」
『………【それでも、御礼を申し上げたいのです。
本当にありがとうございました】』
私が紙を見せながら、改めて深々と頭を下げると、
その人は「顔上げろ」と言うので、
私が顔を上げて彼の顔を見る。
彼は何だか複雑そうな、どうすればいいのか分からない様子で
後頭部を掻きながら視線を逸らす。
『…………』
その時、ふと思ったのは。
傷跡だらけのこの人の事を知りたいと思ったことだった。
どのような経緯で、その体の傷が刻まれたのか。
不謹慎にも思ったが、それでも知りたいと思った。
これっきりの関係じゃなくて。
このままさよならをするにはあまりにも名残惜しい。
そう、思った。
だから、無意識に万年筆を走らせていた。
『【明日、また来てもいいですか】』
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作者名：冷泉 雪桜
| 作成日時：2023年7月1日 1時
