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三十度 鬼哭啾々 ページ32

円環の鬼side





人だった頃の記憶は、今の私にはない。
長く生きすぎて。悲しみの渦が渦巻いて。
その苦しみをひたすらに無惨にぶつけていた。

無惨さえ倒せればそれでいい。
そう思うようになってから“必要のない記憶”だと判断し、
その記憶を切り捨てた。
そうしなければ、前に………無惨を倒すなんて、
出来るはずがなかったから。


だが時折思い出すのは、人肌。
誰かが手を握ってくれた記憶だった。
あれは誰だったのだろうか。今では本当に思い出せない。
かけがえのない、優しい記憶だったはず。
でも、それを思い出してしまったら………

切なくて、悲しくて、苦しいから。
その記憶を思い出そうとも思わない。



きっと、忘れてはいけないものだったのだろう。
冷え切ってしまった私の、温かみもないこの体。
それを僅かに温めてくれる記憶。

それが、私に残された唯一だった。
それに縋らざる負えない。それさえ失えば、きっと私は。










“お前の手はあったかいなぁ………”









本当に、化け物になってしまう。





─────────────────────







『…………、』

??「あ、目が覚めましたか」











意識が浮上し、目を覚ます。
見えたのは天井と、こちらを覗き込む蝶だった。

蝶の娘はにこにこと微笑みながら声をかけてくる。
ここは………嗚呼、そうか。
藤の花を食って気を失ったのだった。
体を起こそうとしたら、蝶の娘が制した。














胡蝶「駄目ですよ、幾ら鬼でも回復が遅れてますし、
無茶はいけません。休んでてください」


『ここは、』


胡蝶「蝶屋敷の診療所です。
あ、蝶屋敷は私が所有している屋敷でして。
ここで貴方を治療するように言われています」


『………ここは人間の傷を癒す場所なのだろウ。
私には必要のなイ。直ぐに治ル、残念な事にナ』


胡蝶「それはそうですが」


『気遣わなくて良イ。笑って居なくて良イ………
その資格は、私にはなイ。
治療は本当に結構ダ。どうせ死んでも死ねないのだかラ』


胡蝶「………変わっていますね、貴方」


『…………今後も治療は結構。放って置いてくレ。
頼むかラ。こちらが虚しくなル』














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作者名:冷泉 雪桜 | 作成日時:2023年4月18日 21時

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