意地張ってごめん ページ18
なんなんだ本当に。所々赤黒い染みで読みにくい所があった。だけれどもそれよりも紙が濡れて読めなくなった。
あれだけ遠ざけたくせに。
謝らなくては。意地張ってごめんと。
死への恐怖を一人で背負うことの恐ろしさを海兵は誰でも知っている。
あの時、無理やりにでも手を取って訳を聞いていればよかった。
あの時、背けた顔を合わせればよかった。
なんて後悔しても遅い。火葬までもう十分もない。右手に手紙を持ち、今自分が出せる全力出走る。
恩師や先輩、直属の部下に見守られて彼奴の棺が閉められようとしていた。ギギギという重い音をさせて蓋が動かされる。
その間に割って入るようにして身体を滑り込ませれば葬儀屋はセンゴクさんをちらりと見てからその場を離れた。
色とりどりの花に囲まれた彼奴。布を全部取れば、所々白かった身体はもう完全に真っ白になっていた。だけれども寝ている様子は自分が知っているものと微塵も変わらなくて本当に寝ているのかと思えるほど。
耳を立てればすうすうという寝息が聞こえてくるのではないかと期待する。
棺の前に膝をついて白くなった頬に手を寄せる。昔、いつもちょっかいの一環としていきなり頬や首を触っていた。
その度に「あはは、寒いわクザン」と言って笑っていたのを思い出す。
今や自分の手よりも冷たい彼女の身体。
「意地張ってごめん、A、」
Aの輪郭や鼻筋、唇を確認するようになぞる。その後右の手のひらにあった手紙を置いて両手で頬を覆った。自分の両手で収まってしまうほど小さな身体。
そっと自分とAの唇を重ねた。綺麗に塗られたAの赤いグロスが自分の唇に着いた。
いつかどこぞの童話で死んだ姫が運命の王子のキスで目覚めるというものがあった。それが本当にならないのかと今更ながら期待してしまう自分は馬鹿なのだろうか。
両手を自由にして三つ氷の薔薇を産んだ。
そしてもう一度彼奴の姿を目に焼き付ける。綺麗としか思えない自分もどうかしているのかもしれない。
その後すっと棺から離れれば棺が閉じられる。もうそれが開くことは無い。そして轟々と燃え盛る炎の中に吸い込まれて行った。
「…ずっと愛してる。」
周りに聞こえてしまっただろうか。
(完)
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作者名：ピーナツこんばんは | 作成日時：2023年1月16日 0時
