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すると彼女は俺の手を振り払い、そのままその右腕を振り上げた。俺の左頬と彼女の右手が激しくぶつかりパァンという音を響かせて俺の頬に衝撃が伝わる。突然のことに頭も体も追いつかず衝撃で尻餅をつきジンジンと痛む頬が俺に現実を突きつけた。
「バカ」
たった二文字の言葉を置き去りにして彼女は俺の前から姿を消す。単純な言葉のはずなのに俺は彼女の伝えんとする意味を深く理解出来なかった。俺はそのときようやく気づいたんだ。
俺が理解出来なかったのは彼女の言葉じゃなくて『感情』だと。
あんなにも透き通って透明だった彼女は今は真っ黒だ。そうさせたのは他でもなくこの俺のせい。これは罪か、それとも罰か。ただ一つ、彼女の瞳だけは昔と変わらず透明なままだったんだ。
「……何やってんだろ」
今もなお降り続く雨を恨めしく思いながら今度こそ家に帰る。我ながら感情に任せきったらしくない行動を取ってしまった。家に帰りまた編集を再開して時計の針を進める。夜通し雨は降り続き心まで陰鬱な気持ちにさせた。
あの日彼女が“夜に見る雨が好きなの”と言った理由が今なら分かる気がする。許されたいんだ。到底許されるべきではない罪を神か誰かに許してほしい。犯罪ではない、法では裁けない自分で自分を苦しめる罪。それを、許してほしいんだ。
夜の雨は彼女をその罪ごと連れ去ってしまう。あぁ、嫌なんだ。彼女がどこかに行ってしまうのが。だから俺はあの日のことを忘れなかったのだろう。彼女を連れ去られる前に、早く夜が明ければ良いと思った。
「A……」
なんて彼女の名を呟いても“なぁに”なんて赤ん坊をあやすように返事をする彼女の声なんて聞こえない。求めれば求めるほど遠くへ行ってしまうような感覚に陥って冷や汗がだらだらと流れ落ちる。怖くて堪らないんだ。
彼女と過ごした思い出は色褪せてセピアが重なる。もう思い出せなくなってしまったあの頃の想いはまるで黒い線が無数に入る映写機のようで。彼女が好んで口ずさんでいた歌が頭の中を駆け巡り幾重にも重なる彼女の歌声が俺の脳を蝕んでいった。
気持ちが悪い。一度に多くのことを詰め込んだ俺の脳はもうオーバーヒート寸前だ。
あぁA。本当は分かってたんだよ。俺が今でもお前を忘れられない理由を、投げ出してしまえばいい罪の重さに囚われている理由も。いつまでも目を背けてなんていられない。自分の感情に、嘘は吐けない。
この感情に名前を付けるなら＿＿＿＿＿＿
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