rain ページ2
シルクside＿＿＿＿＿＿
「絹張君は鉄のにおいがする」
俺の家には酷く不釣り合いなほっそりとしたワイングラスを傾けながら彼女が小さく呟いた。大学の講義が同じになることの多い彼女は空き時間にずっと本を読むほどで所謂“本の虫”というヤツだということは俺もなんとなく分かっている。
彼女は他のヤツら曰く清楚系らしいが俺にはもっと透き通った儚さを持っている＿＿というよりは寧ろ透明な＿＿ように見えた。
読書を重ねて得た語彙力やら知識やらは到底俺の及ばぬ領域に達していて、そのせいか俺は時折彼女の言っている言葉を深く理解出来ない。勿論理解しようとはしているしそう出来ないのは稀にしかない。頭脳を語彙に割くのはどうも苦手だ。
俺は何度反芻しても言葉の意味を理解出来ず“どういうこと？”と返答に期待せず尋ねてみたが予想通り返答はなかった。その代わりに果てしない深淵から顔を出した
「夜に見る雨が好きなの」
「なんで？」
「全てを許してくれる気がするから」
ほら、まただ。また彼女は俺になんて到底理解出来ない文字の塊を吐き出す。何を許してほしいかなんて、本当に許してほしいのかなんて俺には分かるはずもない。いや、分かりたくないのかも知れない。
俺は無計画に“じゃあさ”と口を開く。雨水の滴る窓からじっと外の暗闇を見つめていた彼女がようやく俺へと視線を移した。透明な彼女は夜の闇を透過してその瞳に宿している。
「俺が許してやろうか？」
なんて。酔いが回ったのか思考が狂ったのか普段の俺だったら絶対に言わないであろう言葉をこぼしてしまった。彼女の闇が微かに揺らめく。
「そんなこと、出来ないくせに」
彼女は不敵に笑って俺にそっと体を寄せた。唯一の罪か、それとも甘美な蜜か。そんなことは考えられなくなるほど俺の思考はドロドロに溶けていた。透明な彼女の瞳が俺の罪を映し出す。体を重ねたのは、たった一度きりだった。
「絹張君、好き」
俺の腕の中でインクをこぼすかのように吐き出された彼女の言葉は真実か否か。行為を終えた後の微睡みの中ではそれを考えることさえままならない。絹にこぼされたインクは滲んで見えなくなっていく。
彼女が俺を好きなんてあるはずがない。あぁ、文字通り彼女は『透明』なんだ。嘘も真も全ては透き通って消えていく運命にある。俺には見えないどこか別の世界へ。
これは大学時代という遠いあの頃の話ではあるが、俺は未だに彼女を思い出すことがあるんだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 8人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
