虹細工 ページ1
「おじいさんは何屋さんなの」
突然話しかけたものだから、じいさんは目を真ん丸にして驚いた。
「おや、なんだい。いまの話、聞いておったのかい」
前の座席に座っていたじいさんは、からだをのり出して、わたしの顔をのぞき込んだ。
永遠野平までは、まだ三十分もあったし、退屈だったから声をかけてみる気になったのだ。
くしゃくしゃの黒い帽子と、薄汚れてよれよれになった灰色のコートはいただけないけれど、どことなく穏やかで親切そうなじいさんは、よい話し相手になってくれそうな気がした。濃い眉に覆われて、垂れた黒い小さな目は、不思議に明るい光を放っていたし、顔の半分を覆ってしまう豊かなひげの中には、三日月形の口がちらっとのぞいて見えた。
「嬢ちゃんも、永遠野平までかい」
「そう、でも、この雨じゃ、着いてもつまらないわね」
「雨はすぐにやむじゃろう。わしが、あそこに着いたらな。は、は、は」
「そうだといいのだけれどーーー。で、さっきの人だぁれ」
「あの人は、永遠野平町の役場の人でな。町じゃ、このごろ、気が滅入っている人が多いからと、頼まれてやって来たわけじゃが、わしは、あまり気乗りがせんでな」
「おじいさん、何屋さんなの」
「おお、そうじゃそうじゃ、まだ言っておらんかったな」
そう言うと、口紐の付いた袋に手を入れてごそごそしはじめた。
「おお、これこれ」
ぱっと開いたじいさんの掌には、小さなかわいいウサギがのっていた。よく見ると、ウサギのからだはガラスのような透明な物で出来ていて、赤や黄や青や紫につぎつぎと自分でひかりかがやいてみせた。
「わぁ、きれいなウサちゃん」
「ガラス細工のような物じゃが」
わたしはそれを手に取って、出来るだけ目の近くに持って来た。触れると、びっくりするほど冷たい。そっと唇に当て、その感触を楽しんでみる。指で撫でたり頬に当てたり、何度も何度も飽きることなく繰り返す。ほんの三センチばかりの愛しいチビスケ。まるで虹の滴で出来ているかのように美しい。
「これ、虹で出来ているのね」
わたしは、思わず口にした。
「そう、虹を細工するのが、わしの仕事でな。わしは虹でいろんな動物を作ることが出来るんじゃよ。ウサギやキツネ、コウマにアザラシ、虹色に光り輝く小動物たちが、わしのこの指から生まれてくるんじゃ。」
じいさんは、わたしの目の前にシワだらけの手を突き出すと、表と裏にくるくる返して見せた。三日月形の口からは、白い歯がこぼれた。
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作者名:愛乃。.ʚɞ .。紗蘭アノサラ | 作成日時:2018年10月16日 0時