非番・微睡み ページ39
五虎退が木に登っていた。楽しそうな様子はない。涙を浮かべ、助けてあるじさまと震えている。木の幹は皮が剥がれ枝は細く、頼りない。
五虎退、落ち着け、怖くないから。
自分でも驚く程優しい声で呼び掛ける。
瞬間、五虎退の足が滑る。葉が落ちた木は容赦なく彼の体を打ち、ドサリと小さな虎は地に落ちた。
五虎退−−
はっと気が付いた。眠っていたらしい。嫌な夢を見た。
薬研の耳掻きはまだ続いていて、幾分すっきりした気がする。よく聞こえる。そう、遠くの信濃藤四郎の呼び声もだ。
その知らせは突然だった。
裏山の方から信濃が焦った様子で駆け寄って来た。
信「大将大変!五虎退が!」
Aはガバリと身を起こし、薬研は既の所で耳から綿棒を抜き取った。
「五虎退がどうした」
信「木から降りられなくなっちゃった!虎くんを捕まえようとして、」
信濃の言葉を最後まで聞かず、Aは走り出した。
「数珠丸!石切丸!」
真っ白のシーツを取り込み始めた2振は手を止め、様子のおかしい主を不思議そうに眺めた。
「持てるだけの布団とシーツを持って来い!裏山だ!」
慌てて洗濯鋏を外し始めた。取り込んだ物は直接地面に置かれ、白かった洗濯物は土汚れで黒くなった。
今や裏庭にいる全員がAに注目していた。あんなに声を張り上げ焦っているAを初めて見たのだ。
「他の者も布団を持って五虎退の所へ!信濃、場所案内は頼んだ!」
信「了解!」
「それと博多!!」
呼ばれた博多はびくりと体を緊張させ、遠くの主に手を振った。
博「何ねー!俺は此処ばーい!」
「いた!お前が一番足が速い!何も持たずに五虎退の所に行け!」
博「分かったばい!」
その俊足で裏山へ駆けていった。それに信濃、A、その他の短刀、数珠丸と石切丸が続く。
道を真っ直ぐ行った所にその木はあった。木の幹は皮が剥がれて葉は落ち、枝は細い。何だか嫌な予感がする。
五虎退は木の天辺にいた。虎くんを抱え、幹にしがみついている。涙声で助けを呼ぶ。
五「助けて主様…」
ずきんと頭が痛んだ。あれは夢。現実にはさせない。
しかし、最悪の想定も浮かんで来る。
「皆。布団を地面に置け。隙間無くだ」
続々と布団が並べられる。数珠丸と石切丸も到着し、地面が一面真っ白になった。大きなシーツの端を全員で持ち、呼び掛ける。
「五虎退、落ち着け、怖くないから」
涙は既に引っ込んでいた。力強く頷くと、そろりと足を下ろす。
21人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
いづみ(プロフ) - 餅田さん» コメントありがとうございます。がんばります! (2020年8月19日 14時) (レス) id: 28595e5e52 (このIDを非表示/違反報告)
餅田 - 続きカモン! (2020年8月1日 23時) (レス) id: b17d16c344 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:いづみ | 作成日時:2019年2月28日 23時