Episode9 -2 ページ7
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私がロックを解除したそれをあの日と同じように慣れた手つきで操作する。
そういえば雅紀のスマホはいつも私が選ぶのと同じ機種だ。
そんなこと、今まで気にしたこともなかった。
「はいお嬢様、お返しいたします」
「……雅紀なんて知らない」
雅紀の手からスマホを奪い取って背を向ける。
足早にリビングを出ようとした私の背中に雅紀の声が飛んできた。
「お嬢様、朝食はいかがいたしますか」
「いらない！」
「そうですか。…あぁお嬢様、再来週のパーティーの件ですが、ピアノの演奏依頼はお断りでよろしいですね」
「え、どうして」
思わずぴたりと足を止めて雅紀を振り返る。
雅紀はさっきの場所から一歩も動かず私の言葉に自分の手の甲をとんとんと叩いて見せた。
「その手では弾けないでしょう」
「あ……」
自分の手を見下ろす。
包帯で巻かれた手首はまだジンジンと痛んでいる。
確かにこの手ではピアノを弾くのは困難だろう。
上条の令嬢としてやり遂げなければいけないものだったけれど、これでは仕方ないか。
雅紀の言葉にうなずきかけて、私はふとひらめいた。
「断らなくていいわ。私弾くから」
「え、しかし…」
「ねぇ雅紀、お父様にアポ取ってちょうだい」
「構いませんが、何をなさるのです」
いぶかしげに雅紀が眉を寄せる。
今日初めて動いたその表情に向かって私は言葉を吐き出した。
「潤くんのこと、直談判するわ」
雅紀は驚いたように丸い目をさらに丸くした。
その目が少しだけ彷徨う。
やがて「はぁ」とため息をついて雅紀は手を胸に当てると軽く頭を下げた。
「……かしこまりました」
雅紀の声を受けて私はガラス戸の取っ手にかけていた手を離す。
くるりと振り返った私に雅紀はまた不思議そうな顔をした。
「お嬢様、まだ何か」
「朝ご飯ちょうだい」
「…はい、かしこまりました」
ちょっと嬉しそうにそう言うと雅紀は朝食の準備を再開する。
私はお父様への闘志を燃やしながら取り敢えずは英気を養うことにした。
雅紀が作る朝食はいつも美味しいのだ。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年12月10日 17時
