ギブソンに口付けを (ページ1)

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見慣れた一室に入ればヘッドアンプを弄り、PCの前に置かれた椅子に腰掛ける。

「今日誰が来んの？」

　ひょこり、と顔を出したのは末弟の丈。未だ高校生の彼が平日の真昼間に此処にいるのは不自然なものだが同時に日常であり、学校に行かないのか、だなんて尋ねるのもそろそろ野暮だ。
　投げ掛けられた質問に端的に答えれば、間も無く訪れる筈の来客を待つ。

　三階建ての一軒家、いえども構造はつまり二世帯住宅と呼ばれるものに近い。住居を兼ねた二階と三階、そして今私達がいる一階は屋内で繋がってこそいるものの玄関が分かれており、このフロアは主にレコーディングスタジオとして使用している。

　防音のスタジオ内に僅かに響くインターホンの音に気が付きモニターを確認すれば、幾度かテレビで目にした事がある顔触れがそこにはあった。どうぞ、と私が返事をする前に、ぱたぱたと弾む足取りで玄関に掛けた丈に小さく苦笑を施しながらその後を追う。

「はじめまして。今回担当させて頂くエンジニアの高谷Aです。」

　よろしくお願いします、名刺を差し出しながらそう続ければ一瞬固まった彼ら。売れっ子バンドらしい、STEELO(スティーロ)のメンバーが私を見やり驚くのも無理はない。何せこの業界で女性は非常に珍しく、更に私は彼らより若輩であろう。
　既に打ち合わせで顔を合わせているマネージャーさんが此方を向き和かに挨拶を返してくれたのを皮切りに、我に返ったらしいメンバーからも丁寧な自己紹介を預かる。

　エンジニアとアーティストは最低限の信頼を築かなければ良い作品を創れない。それはあくまで個人的な持論だが、私は直ぐさまレコーディングに取り掛かる事はせず、接待間と呼ぶには随分とアットホームな部屋にSTEELOの面々を招けば、たわいもない世間話を楽しんだ。