誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ9)

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恐る恐る振り向くと、優しそうな男の人がTシャツにジーパン姿で入り口に立っていた。待って、もう冬に近い秋なのに寒くないのかな。
そのすぐ後ろには、マネージャーらしきスーツを着た人もいる。
多分、いや絶対共演者だ。

あまりにも突然すぎたため、普段は人見知りは殆どしないのにも関わらず声がつっかえてしまった。

「あ、あの……」

「えーと、『源氏物語』に出演される方ですよね？」

「あ、そうです……」

「お」

やっぱり合ってたわあ、なんてマネージャーさんに話しかける彼。なるほど、関西の方か。それなら無声化が甘めなのも納得。

はて、今回出演される方の中に関西の方がいらっしゃるのか……。まあオーディション受かるくらいだし、お芝居上問題は無いってことかな。

……とここまできて、まだ名乗っていないことに気付いた。

「申し遅れました。空蝉役、M&Dプロダクションの枡川Aです。本日からよろしくお願い致します！」

慌ててお2人に近づき頭を下げる。特に初対面の人相手に自己紹介するのはこの世界では当たり前の作法。表舞台だろうが裏方だろうが関係ない。
声優だって先輩によっては注意する人もいるくらい。

ゆっくり頭を上げると、目の前の彼は面食らった表情を一瞬見せたが、すぐに穏やかに微笑んでくれた。

「光源氏役の正門良規です。この期間、宜しくお願いします」

……この人が、光源氏役？

私が名前の漢字読めなかった、あの人？恐らくアーティストかなーなんて考えてたあの人？

思わず正門さんの顔をまじまじと見つめてしまう。

あまりにも、何というか光源氏と掛け離れてる気がする。いや、私の勝手なイメージでしか無いんだけれども。

その纏うオーラから頭中将役かと思ったくらい。
人は見た目によらないとはこういうことか……。

「あの……、俺の顔に何か付いてますか？」

向こうから聞かれるくらい見つめてしまっていたらしい。少し困った顔をしている。
失礼なことをしてしまった。

これは話題を逸らすしかない。

「す、すみません。えっと、正門さんは関西の方なんですか？」

「そうですけど……何でですか？」

「いえ……単純に言葉の端々が有声化がされていなかったので、もしかして……と思ったんです」

「有声化……ですか？」

有声化という言葉にあまりピンと来ていないようだ。まあ声優業でしかあまりこの言葉は出てこないしね。

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