誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ8)

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4.真っ直ぐ。穏やか。ページ8

マネージャーさんが現場に付き添うというのは、声優からすれば滅多に無いこと。
件のマネージャーさんもまた例外では無いらしい……というのは冗談で。

「熱ですか……」

「本当にごめんね……」

「いえ、お大事にしてください」

「先方には事務所から連絡いってるから安心してね。明日には付き添えると思うから」

「はい、ありがとうございます」

付き添ってもらえる予定だったが、中々予定通りにいかないのもまた人生か。

舞台担当のマネージャーさんは、昨日得意先との食事会があったらしくそれで遅くまで飲んでいたとか。お付き合いだししょうがないかもしれない。
それでちゃんとお風呂に入らないままソファーで寝落ちしてしまい……という流れ。

とは言え決して他人事では済まされない。

役者は身体が資本であるとよく言われているし、私もこの期間気を付けないといけないよね。特に喉。

所謂地下稽古場と呼ばれるところが、今日から練習するところらしい。

マネージャーさんから送られた地図を元に、何とか稽古場には辿り着いた。
出待ちされないように入り口が分かりづらくなっているというのは先輩方が仰っていたが、確かに普通のビルとは異なり、中々複雑だった。一見すると普通だが、所謂関係者用の通用口もあったりして。

まあ、普段の録音スタジオもそれに近いんだけれども。

一応何を言われても大丈夫なように練習着で来たが、念のため私服も用意した。

読み込みもイメージも大丈夫。

参考書も持って来た。

「おはようございます、M&Dプロダクションの枡川Aです。よろしくお願いします」

応答が無いことを不思議に思い頭を上げると、人の姿が無い。
場所間違えたか？と一瞬焦ったけれど、入り口に掛かってる札は紙に書かれてる番号と同じ。

時計に目をやると、稽古開始時間の45分前。

……なるほど、舞台ではこういう感じなのかな？

恐らく早く来過ぎてしまった。
だとしたら発声練習、ストレッチとかを今のうちに済ませてしまおう。
ついでに持って来た加湿器も電源入れようかな。何か言われたら消せば良いし。

「あ、え、い、う、え、お、あ、お、か、け」

「随分早いんですね」

「きっ……！？」

始めた途端に聞こえた人の声。
絶対にあと5分は誰も来ないと思って始めた発声練習だったのに、か行に入った途端これだ。しかも男の人。
そして恐らく、標準語ではない気がする。『ですね』の『す』が有声化されていた。

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