誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ32)

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彼女の芝居が上手いと感じるのは、そこにその時の本気の感情が込められているから。

歳は近いのに、私以上に色々な経験をして、それを演技に応用することができている。

思春期半ばにお芝居を始めた私と雲泥の差なのは当たり前。

当たり前とは頭ではわかっているけれど。

本当に、羨ましい力だと思う。

「枡川さん」

「……はい」

「正門さんも同じっていうのは、向こうも枡川さんだから空蝉ができると思っているってことだと思います。し、味方っていうのはそういうことです」

言葉足らずですけど多分そうです、と続く彼女の言葉。

正直今の時点で指摘ばっかりの私に、表に出していないだけで良い顔をしていない人がいるのも事実だと思う。
下手したら、見えないところで補欠の人が待機しているかもしれない。

そうなったとき、目の前にいる美しい彼女は、優しく穏やかな彼は味方でいてくれる。

私だから空蝉ができるって、そう信じてくれる。

その事実があるだけで、言葉があるだけで、私にとっては十分すぎるお守りだ。

「あの、」

「はい」

「ありがとうございます……その、嬉しいです」

「……いえ、こちらこそ、ありがとうございます」

「稽古再開しまーす！」

お礼にお礼を返されたのは予想外だったけど、同時に稽古が再開してしまった。

今からやるのは、源氏と夕顔の密会シーン。原作でいう夕顔の巻、空蝉の次。
ここでは空蝉の出番はないため、端っこの方で台本を見ながら邪魔にならないよう見学する。

出てくるのは源氏と夕顔のため、葵上始めほかの女性達は出番がない。
……いや、直後に六条の御息所が出てくるんだけども。

そのため隣には金城さんも座っている。

ふと、私の頭にタオルがかけられたままなのに気づいた。

私にそうした犯人は、当然のことながら真ん中で稽古をしている。本当に出ずっぱりだ。

感心しながら見ていると、小声で金城さんが話しかけてきた。

「枡川さん」

「……はい？」

「オーディション、受けられるんですか？」

「へ？」

ジェスチャーで床を指す彼女。指の先を追うと、そこには今度受けるオーディション原稿が。

いわゆる門外不出、他言無用の守秘義務が発生するアレ。

……終わった。

慌てて裏返すと、彼女はおかしそうに笑いを堪えていた。

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