誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ21)

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今の問題は受ける役について。

ここに呼ばれている時点で受けない選択肢はない。回してくれたマネージャーさんに申し訳ない。

正直なところ、今提示されている二役に大きい差はない。強いて言えば1話からぶっ通しかそうじゃないかの違い。
主人公だとしてもスケジュールは大丈夫。この辺の管理はマネージャーさん同士でやっているはずだから。

「決まった？」

「はい、主人公やります」

「了解です。これ原稿ね。詳細はメールするから」

「ありがとうございます」

これで一先ずは安心か。
今日は舞台担当のマネージャーさんはいないからあっちに足を運ぶ必要はない。スケジュールももらっているし。

ようやく一息つける状況に、一日私がどれだけ忙しなかったかを実感する。
そしてそれを見てマネージャーさんも目を丸くしていた。

「珍しいね、枡川さんがそんな風になるなんて」

「そんなって？」

「めっちゃ疲労してる感」

「うわ、分かりやすいです……」

空蝉の出番はほんの一部に過ぎないし、源氏役の正門さんの方が断然疲れているに違いない。あと桐壺・藤壺役の方とか。
ただ普段とは全然違う場所にいたから、ようやく緊張の糸が解けたのかもしれない。

舞台関係とアフレコ関係の資料がごっちゃにならないよう、机を借りて鞄の中を整理する。
そして目に飛び込んできた、微糖コーヒーの缶。

「待って、本当に大丈夫なの？コーヒー買うなんて異常じゃない？」

それを机の上に置いたところ、マネージャーさんはさらに驚いていた。どうやら自分で買ったと思っているらしい。

「あ、えっとこれ、頂いたんです」

「へえ〜。他の人に渡せなかったの？」

「あー、そのとき2人きりだったので。枡川さんへってブラックかこれの2択で」

こういうときってお茶かコーヒーってイメージがある。
両方コーヒーを選ぶあたり、もしかしたら正門さんは天然なのかもしれない。

「そうなんだ。……なんか嬉しそう」

「えっ？」

完全に緩くなったそれを手のひらで転がしている私を見てそんなことを言ってきた。

「気づいてない？幸せですってオーラが溢れてるんだよね」

「……気をつけます」

「いやいや、役者としてはむしろ良いことだよ！気持ちが伝わっているってことなんだから！」

「！」

気持ちが伝わってる。

今の気持ちに自覚はないけど、自覚して意識すればより伝わる……。

うん、これだ。

「……変わったね、枡川さん」

やるしかない。

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