誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ19)

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「……ありがとうございます」

……ん？

『枡川さんに与えたいって思った』

「微糖お好きなんですか？」

「へっ？」

「さっきイラスト見てた時と同じ顔でしたよ」

思わず頬に手を当てる。指摘されるほど緩んでいたのかな。
伸ばしてみても普段の伸び具合と同じ。

そんな私の様子を見て更に正門さんはおかしそうに笑う。
……笑うほどなの？

「変な顔ですか？」

「いえいえ。素敵な笑顔ですよ」

「……正門さんってゴマするのお上手ですよね」

「えー、本心なんやけどなあ」

素敵な笑顔と言われて少しだけ嬉しくなったのは気のせい。理由だって分かってないんだから。

正直コーヒーは微糖であれ滅多に飲まない。カフェラテとか紅茶の方が好きだったりする。
ブラックは完全に飲めない。

だからブラックか微糖の選択肢しか与えられなかった以上、後者を選ぶしかなくて。
何より、正門さんのご厚意を無下にしたくなかった。

本当に、それだけ。

それ以外の理由は無い。

不意に彼は少し真剣な表情になった。

「……少しは元気になりましたか？」

「え？」

「お稽古終わりから何か思い詰めているように見えたんで」

私が悩んでいることに気付いていたらしい。
多分彼は、私の出番が終わったあとから勘付いていたのかもしれない。

そうじゃなかったら参考書を片手に俯く私には気付かなかっただろう。気付いたから、察したから私に話しかけた。

私はどう答えるのが正解なんだろう。

今日一日で彼から沢山のものを貰いすぎた気がする。お礼を伝えても伝えきれない。

「ありがとうございます。……今は、平気です」

けど、弱みを見せるわけにはいかない。

彼の優しさは本物だと思う。
けど、裏切らないとも限らない。

そもそも初対面なのだから。

そんな私の考えを知ってか知らずか、彼は表情を崩さずに口を開く。

「共演者なんですし、抱えきれなくなったら共有してください」

これから今日以上に悩むことがある。そんなとき彼を大丈夫だと思えたら、相談させてもらおう。

今は違う。

「何かあったらそうします」

「そうしてください」

彼の視線に耐えきれず腕時計に目を落とすともう出発時刻になっていた。

「じゃあ時間なので、お先に失礼します」

「お疲れ様でした。次のお稽古のときに」

そのとき答えてくださいね、と微笑んだ。

その笑顔を去り際に見せられたものだから、電車に揺られている間も脳裏に焼き付いて離れなかった。

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