誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ16)

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どうも空蝉と向き合う気持ちになれず、葵上の話が載ってるページを開いてしまった。
俗に言う現実逃避。
イラストタッチで描かれているため、学生が読んでも分かりやすい作りになっている。現にこれも、私自身が高校生のとき愛用していた。

やっぱり綺麗に描かれてるんだよね……。思わず見入ってしまう。

「まだ帰らないんですか？」

「！？！？」

姫君のイラストを見つめているときに聞こえた穏やかな低い声。
パッと顔を上げると、不思議そうにこちらを見ている正門さんの姿。流石に夜は冷えるのかレザージャケットを羽織っている。

「あ、いえ、事務所行くまで時間あるので、改めて文献とか見ておこうと思って……」

「へえ、やっぱりそういう文献って色々あるんですね……。そっちは？」

正門さんが視線を移した先にあるのは、さっきまで私が見つめていた葵上のイラスト。もちろんれっきとした参考書ではある。

「えっと、高校の時に使ってた参考書で、夢浮橋まで出てくる女性達のイラストとか他のキャラクターとの関係図が載ってるんです」

「そうなんですか……ちょっと見してもらっても良いですか？」

「えっ？あ、どうぞ……」

予想外の言葉が来ると人は、何も考えずに頷いてしまうらしい。条件反射ってやつだ。

慌てて正門さんが見やすいように回転させてそれを渡す。いつの間にか私の向かい側に座っていた彼は、興味深そうに参考書を眺めている。
……あ、下睫毛長い。

こうして見ると、何となく正門さんが光源氏役になった理由が分かった気がした。
ビジュアルもさることながら先ほどの読み合わせの時節々で感じた熱さとか、彼が元々持ち合わせているだろう空気とか、そういうのを総合すると私が何となく想像する光源氏のイメージに当てはまる。

ふと思い出した、香盤表。
正門さんのお名前の後ろに括弧で何か記載されていた。あれはひょっとすると劇団名かな？

「これ、面白いですね」

「へ？」

「参考書ですよ。イラストだからキャラクターの雰囲気とか掴めそうですし、相関図も載ってるから源氏の恋愛遍歴が一目瞭然ですよね」

少し笑いながら指差した、先ほどお渡しした参考書。開かれているのは光源氏のページ。
そこには、昔私がメモ書きで残しておいた源氏が出会った女性の順番が。

所々には先生が当時話してくれたエピソードなどが走り書きされていたりして。

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