誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに (ページ14)

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源氏は周りの女房達が寝静まった頃、空蝉の部屋へ入る。所謂アポ無しの夜這い。

ちらりと正門さんを見やると、先ほどの暖かみを感じさせながらも、その瞳の奥には熱が込められているようで。それで真っ直ぐに私を見つめるものだから。
ちょっとだけ、怖くなった。

「……貴女が中将と呼ぶので、私のことかと思いまして」

と実際は彼女の上から告げる源氏。
彼を演じる正門さんの声は雲のように穏やかだけど、同時に「逃がさない」と言っているよう。その声色に身体が硬くなった。
言葉の魔法か、何かに浮かされているのか。それとも正門さんの声の芝居が上手いからか。

理由は分からない。

恐怖で何も言えない空蝉に対して、彼は言葉を続ける。

「出来心ではありません。貴女のことをずっと想っていました。そしてお会いする機会をずっと待っていたのです。……それも、前世からのご縁なのではないかと思ってしまうくらいに」

こんな風に口説かれたら、大抵の女性はその場で落ちるだろう。しかも源氏のような美男子に。

ただ、空蝉は違う。

「……っ、人違いでしょう」

「人違いだなんてひどいなあ。私が貴女を間違えるものですか。ほんの少し私の気持ちを聞いてほしい、ただそれだけなんです」

夜だからお互いの顔は実際には見えないはずだが、源氏の真っ直ぐな気持ちを、こっちを見てくる瞳をひしひしと感じたに違いない。

感じながらも、夫のある身でそれは許されないということは空蝉が1番良く知っている。
だからこそ彼女は、源氏を拒むしかない。

「……私が人妻でなかったら、父が生きていた頃であったら、あなた様に口説かれてもそれを受け入れられたでしょう。けれど今の私は、新しい恋を受け入れることを許されないのです」

恐らくこれは源氏を拒むための尤もな理由と同時に、空蝉の本音でもあると思う。
口説かれてこんなにも心が痛むのは、少しは彼の言葉に心が動かされたから。

動かされたから、という彼女の気持ちの流れは分かっている。
ただ理解するだけでは意味がない。表現しなくては。

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