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ああ、でも、やっぱり、棗くんと蜜柑が一緒にいる時に見せる2人の笑みだけはどうしてか、見ていられない。
「だから言ったろ。こんなとこ、お前なんかにはつまんねーって」
「な…あんたそんな事言ってへんやんっ」
「言った」
「言ってないわ、うそつき──!
翼先輩やろ、それはーっ」
醜い感情を、振り払うかのように首を振った。なのに、どうしても消えない。2人の姿が見ていられなくて下を向いた。
「あ、棗、どこ行くん?」
「…小便、」
「あ、そ」
聞こえてきた棗くんの声と衣擦れ音に思わず顔をあげてしまった。棗くんが何処か、遠くに行ってしまう。嫌、嫌だよ。
「紅蓮の…一つ忠告を。
案内された以外の場所は、くれぐれも足を踏み入れようなどと思わないように」
“Aちゃん、Aちゃんっ”
「もしそれを破れば、何が起こっても知りませんよ……」
“棗君を、棗君を止めてっ”
「…望むところだ」
“棗君を、行かせちゃダメっ!”
「な、棗くん!!」
気づいたら、部屋を出ていく棗くんの手を掴んでいた。のばらちゃんの声が頭に響いた。行かせちゃダメだ。
「…手、離せよ」
「…い、嫌だ、」
「あ?」
本当は怖い。棗くんの凍てつくような瞳に腕が震える。でも、大丈夫。あたしは知ってるから。
「…行かないで、お願いっ、」
その瞳の奥にある優しさを。だからこそ、今、棗くんを行かせちゃダメだ。
「側にいてっ、それがダメならあたしも連れてって!」
驚いたように瞳を開いた棗くん、だったけど。
「…便所に行くっつてんだろ」
溜息を吐いて、あたしの手を無理矢理離した。
「…バカ、アホっ、変態痴漢!馬鹿馬鹿!!逃げるの?棗くんの弱虫っ!!」
「…Aっ、」
どんな言葉を吐いてでも棗くんを止めなきゃ。棗くんの興味を惹かなきゃ、ダメ…っ
怖い顔をして振り向いた棗くんは、あたしの耳に顔を寄せた。
「…棗く、んっ、」
「…A、さんきゅー…」
「っ!!」
伝わっていた、届いていたあたしの想い。悲しそうに、でも、何かを決めたような瞳で。
顔をあげた棗くんは部屋を出て行ってしまった。一緒に連れて行ってはくれなかった。
何も言えなかった。ただ、棗くんが出て行った扉を見ている事しか出来なかった。涙が頬を伝った。
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未来(プロフ) - てあさん» 嬉しいお言葉、ご愛読いただきありがとうございます。 (2023年3月24日 22時) (レス) id: ff0bac3a56 (このIDを非表示/違反報告)
てあ(プロフ) - すごく面白くて大好きです。 (2023年3月24日 3時) (レス) @page50 id: 0608e9eaca (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:未来 | 作成日時:2023年1月11日 19時