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迷惑料としてちょっと多めの代金を置いて酒場を出る。悪友たちは「連絡はしろよ」とだけ言って場を盛り上げに行った。
外に出ると、雨がざあざあ降っていた。濡れている頭を隠すにはちょうどいい。ついでになんでか濡れている頬も。五分くらい雨にうたれてから、タクシーを呼んだ。
タクシーの運転手さんは濡れてるあたしに嫌な顔一つせず乗せてくれた。アパートの近くで止めてもらい、シートを濡らしてしまったお詫びにちょっと多めのお金を払って、歩いてアパートに向かう。
腕時計を確認すると十一時だった。零くんは寝ているだろうか。ちょっと微妙な時間だ。
アパートの前に、見覚えのある黄色の傘が一つ落ちていた。誰かの忘れ物? 飛ばされてしまっては困るだろうからと近づいて拾おうとする。
「えっ……零くん?!」
傘が動いたので不思議に思っていれば、傘は落ちていたのではなく、零くんが傘を持ったまましゃがんでいただけだった。道理で見覚えがあるわけだ。これはあたしの傘か。
なんでこんなところに、手がすごく冷たいよ、と問いつめながら零くんを手持ちのタオルで吹いていく。零くんはぎゅっとあたしの服を掴んで、
「おかえり、A」
と、そう言ってふにゃりと笑った。
「……ただいま、零くん」
熱くなった目頭を無視してそう返すと、零くんをぎゅうっと抱きしめる。零くんの身体もあたしの身体も、これ以上ないくらい冷えていたけれど、そうしていればあたたかくなっていくような気がした。
零くんの腕が背中に回る。お互いに精いっぱいの力でぎゅうぎゅう抱きしめ合った。
零くんは頭がいいから、きっとあたしの顔が雨以外の理由でも濡れていたことに気づいていたのだろうけれど、彼は何も聞かずにただ抱きしめ返してくれた。
「……遅い」
「……ごめん」
「……やっぱり、Aが呑みに行くの、やだ」
「もう行かない。零くんが二十歳になるまで禁酒する……」
「約五年か。Aにできるかな」
「できるよ。零くんのためだもの」
おでこをくっつけあって、お互いの熱を確認する。お互いに冷たいものだから、同時に顔をしかめて、同時におかしく思って、同時に笑い出した。
名残惜しいけど、一度離れる。手をつないで相合傘をして、いつもならたった十五秒しかかからない部屋までの道を、今日だけは十五分もかけて歩いた。
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えりんぎ苺(プロフ) - バッグ・クロージャーさん» 面白いと言っていただけて嬉しいです……! 楽しみにしていただいているので、更新頑張らなくっちゃですね。コメントありがとうございました! (2020年5月25日 16時) (レス) id: b6e0dc5b12 (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎ苺(プロフ) - ひかりさん» 面白いと言っていただけて嬉しいです。すぐに反応していただけるとは……わたしは幸せ者ですね! 更新頑張ります。コメントありがとうございました! (2020年5月25日 16時) (レス) id: b6e0dc5b12 (このIDを非表示/違反報告)
バッグ・クロージャー(プロフ) - すっごく面白かったです!更新楽しみにしてます! (2020年5月25日 16時) (レス) id: 09ffad4c5f (このIDを非表示/違反報告)
ひかり(プロフ) - めちゃ面白いです!さっき更新された話もまじ良かったです! 更新待ってますっ!! (2020年5月25日 16時) (レス) id: 2b9098a683 (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎ苺(プロフ) - サクラさん» 面白いだなんて、すっごく嬉しいです! 零くん視点の予定はなかったのですが、もしお待ちいただけるのなら、完結後に番外編として書かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか? コメントありがとうございました! (2020年5月25日 13時) (レス) id: b6e0dc5b12 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ苺 | 作成日時:2020年5月21日 19時