迷わない ページ46
一週間ほどで父は退院した。驚くべき回復力、生命力……と、担当のお医者さまが驚くほどの早さだった。ただしこれからも定期的に通院することが条件の退院だが。
父も快復したので、あたしは一度家に戻り、師匠に辞めさせて下さいと頭を下げた。
「え、Aちゃん辞めちゃうの? 残念だなあ、来月くらいから花板やってもらおうと思ってたのに」
「花板?! あたしには無理です立板でいさせて下さい! って辞めるんだった」
「他の子たちに指導してもらおうと思ったのになあ」
「あたしは指導できるような人間じゃないんですぅうう……絶対嫌」
『立板』とはカウンターに立てる人のことである。あたしはここ四年くらい立板だ。板前になるにはかなり時間がかかる。まず『追い回し』と呼ばれる下働きに始まり、次に揚げ方や煮方にステップアップ。そして立板になり、その立板たちをまとめるのが『花板』だ。簡単に言えば料理長。今の師匠の立ち位置ね。
中卒だと何かとバカにされることが多く、その度に噛みついていたのであたしと他の立板は犬猿の仲。師匠はあたしに肩入れしてくれていたが、周りの目はシビアだった。とりあえず、零くんが絡まれなくてよかった。
「苦労かけちゃってごめんねえ、他の子たちもAちゃんのすごさは認めてるんだけどね、なかなか素直になれないだけなんだよ」
「おかわいいこと」
「四ノ宮ッ?! じゃなくて」
「師匠には感謝してます。あいつらと日をずらしてくれたり、あたし用の板場をつくってくれたり、本当にお世話になりました」
「松七五三の娘さんだからね。今度まさ子と松七五三家に行くから、そのときAちゃんの腕を試させてもらうよ」
ニコニコしながら楽しみだなあと鼻歌を歌う師匠には、そのときあたしはいませんよ、とはとても言えなかった。
今度零くんを連れて遊びにおいで、とも言われて、あたしは曖昧に笑うことしかできず、居た堪れなくなって頭を深く下げてから逃げ出した。
必要なもの以外は全部処分して、アパートを引き払う。零くんの服だけは実家に置いといてもらった。もしひょっこり戻ってきたら着られるように。
実家を出てからずっと住んでいた街を離れるのは少し寂しかったけれど、もう絶対にうしろは振り向いてやらない、と心に決める。零くんに会いに行くと考えればどうってことないんだから!
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えりんぎ苺(プロフ) - バッグ・クロージャーさん» 面白いと言っていただけて嬉しいです……! 楽しみにしていただいているので、更新頑張らなくっちゃですね。コメントありがとうございました! (2020年5月25日 16時) (レス) id: b6e0dc5b12 (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎ苺(プロフ) - ひかりさん» 面白いと言っていただけて嬉しいです。すぐに反応していただけるとは……わたしは幸せ者ですね! 更新頑張ります。コメントありがとうございました! (2020年5月25日 16時) (レス) id: b6e0dc5b12 (このIDを非表示/違反報告)
バッグ・クロージャー(プロフ) - すっごく面白かったです!更新楽しみにしてます! (2020年5月25日 16時) (レス) id: 09ffad4c5f (このIDを非表示/違反報告)
ひかり(プロフ) - めちゃ面白いです!さっき更新された話もまじ良かったです! 更新待ってますっ!! (2020年5月25日 16時) (レス) id: 2b9098a683 (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎ苺(プロフ) - サクラさん» 面白いだなんて、すっごく嬉しいです! 零くん視点の予定はなかったのですが、もしお待ちいただけるのなら、完結後に番外編として書かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか? コメントありがとうございました! (2020年5月25日 13時) (レス) id: b6e0dc5b12 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ苺 | 作成日時:2020年5月21日 19時