014 優しい ページ15
了さんは、そうとも違うとも言わなかった。
一度静かに目を伏せると、ゆっくりわたしと視線を合わせる。
「別に恩返しが欲しかったわけじゃない。恩知らずとも思わないだろうね。ただ、花音はそれでいいのかい？」
「………」
「アイドル。君に向き合えるの？」
「…そのための3年間でした。わたしはもうCrarisuのカノじゃないけど、わたしはわたしです。了さんが気付かせてくれた」
「………」
「わたし、音楽が好きなんです」
そう言うと、了さんは静かに笑った。その笑みが少し悲しそうでなぜだか少し胸が痛む。
なぜ、そんな表情を了さんが浮かべるのかはわからない。わかってはいけないと思った。彼はずっとわたしを支えてくれて、応援してくれた人だから、きっと彼がいまその悲しい表情をする理由を知ってしまえば、わたしは自分の決意を変えなきゃと思ってしまう気がしたから。
「わかった。それじゃあ、いつかまた君のメロディーを聴けることを楽しみにしてるよ」
「！…それは…」
「…まさか、まだ歌えないのか」
「いいえ！違います。ただ、やっぱり恐怖がすべて消えるわけじゃないから」
「…僕は君をこれからも応援してるよ、花音。弱虫でちっぴけな君が、あの時のようにまた輝けるように」
「あはは、すごい言われよう」
「事実だからね。それじゃあ、また何かあったらいつでも僕を頼っていいよ」
「もう行くんですか？」
「忙しい中わざわざ君に会いに来たんだよ。仕事がある以上、もう用はないだろう？」
「ええ…了さんが呼び出したのに」
「それじゃ、またね」
「あっ！了さん！」
思わず引き止めると、彼はちゃんと立ち止まってくれた。
「ありがとうございました！」
そう言うと、了さんはふっと笑ってそのまま立ち去ってしまった。
悪びれることなくピョンピョンと人を刺すような言葉を投げつける人。たった数十分しか話をしていないのにわたし何回貶された？と思うほど彼は性格の悪い人だ。だけど、そんな了さんが本当は寂しがりで、だから頼られることはわりと嫌いじゃなくて、子どものように何かに憧れることが出来て、優しいことをわたしは知っている。そんな不思議な魅力を持つ人だからこそ、彼を頼る人は多いし、彼自身のカリスマ性に惹かれる人だって少なくない。
ーーーさりげなくテーブルの端に置かれているカフェ代を見て、わたしも小さな笑みが零れたのだった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 14人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：深瀬 | 作成日時：2019年3月22日 22時
