「愛してない」 (ページ33)

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ひと通り家の中の勝手を説明された。

大きいはいいとしても綺麗過ぎる。

凄く綺麗で設備も整ったキッチンなのに、使った形跡が全くない。

『あの、夕食どうするんですか？』

「ん？あー…俺1人だとあんま食わないから。何か頼む？」

『いや……』

外食ばっかりしてたんだな絶対。

何て贅沢な暮らし！

『わたし、作る。』

「……作れんの？」

『何ですかその以外って顔。』

これでもずっと一人暮らしをして来たんだ。

むしろ作れて当たり前だと思う。

『買い物行ってきます。岩本さん何か食べたいものは？』

「…ずっと思ってたけどさ、その岩本さんって呼ぶのやめて。俺名字で呼ばれるの好きじゃない。」

『知りませんよそんなの。』

「照。」

『え？』

「俺の名前。」

『……じゃあ、ひ、ひかる…さん』

「…ん、まあいいか。」

クシャっとわたしの髪を掻き混ぜるから、胸がチクンと痛み出す。

愛さないとか言って自分はそうやってわたしに触れるんだもんな…

しばらくは、慣れないかも。

買い物を終えて、好物だとかがよく分からなかったのでとりあえず万人受けするカレーを作る事にした。

奇跡的に食器や用具は揃っている。

どれもとても綺麗だったけれど。

『……』

「……」

キッチンとリビングは繋がっているから、すぐそこにはパソコンで仕事をしているひかるさんが居る事になる。

今更ながら、物凄く緊張して来た。

男と女が同じ屋根の下。

翔太のときとはまた訳が違う。

今までとにかく必死だったから、今改めて冷静になると凄くとんでもない事をしている気分になった。

「……おいしい」

わたしとカレーを交互に見た後にそう言って笑ってくれたひかるさんに嬉しさが込み上げて来る。

『ほんと？』

「ん。おいしい」

誰かのために、誰かの事を考えて作る料理。

“おいしい”という、相手の言葉。

いつも、誰も居ない部屋で。

いつも、わたしだけの食事。

“いただきます”や“ごちそうさま”という言葉がない空間。

それが当たり前だったわたしにとって、この何気ないやり取りでさえ幸せに感じた。

笑顔が飛び交う温かい食卓。

文句を言いながらも全部食べてくれる不器用な優しさ。

全部全部嬉しかった。