「愛してない」 (ページ32)

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リビングに行くと、岩本さんはソファで煙草を吸っていた。

「あ…そうだお前バイトは？」

『ちゃんと辞めました。また探します。』

わたしが溜め息をつくと、岩本さんはテーブルに置いてある紙を渡した。

それを受け取り、紙に目を通す。

『バイト募集のチラシ？』

「そう」

『へぇ。…雑貨とか古着も売ってあるんだ…』

「そこの店長、俺と知り合いなの。お前ん事言ったら是非って」

『え、』

わたしの事を、どのようにして言ったのか。

凄く凄く不安になった。

『わたしの事言ったんですか、』

「言った」

『大丈夫なんですか…？』

絶対、この同居はいいものじゃない。

岩本さんにばかり迷惑がかかるし、わたしと彼だけで決めた問題でもあるからだ。

あの綺麗な瞳がわたしを見つめる。

「猫。」

『え？』

「猫みたいなもんって言ったら笑ってた。」

『猫…』

「別にどうこう言う奴じゃないから心配すんなよ」

それは、喜んでいいのか、怒っていいのか。

呆れたように溜め息をつけば、岩本さんはわたしの髪を乱暴に撫でた。

気持ちよくて瞳を瞑ると、岩本さんは肩までしかないわたしの髪を摘んで笑う。

「髪」

『ん？』

「長い方が俺は好きだな」

『…知りませんよ』

わたしの髪を指で梳かす彼の指が心地よくて。

だけど、岩本さんはどこか遠いところを見ているような、そんな気がした。

「大丈夫だよ。」

髪から手を離したかと思えば、岩本さんの声の冷たさに、我に返る。

「言わばただの部屋の持ち主とその同居人なんだし。」

『……』

「お前、俺を好きになんなよ？」

『はっ！？』

わたしが声を荒げると、岩本さんは振り向いて笑った。

温度のない、笑い方で。

「俺はお前を愛さないから。」

冷たい空気とは別の、“哀しみ”。

何がこの人をこんな風にさせるんだろう。

怖かったけど、それ以上に気になった。

凄く、気になった。

こんなもどかしい気持ちを他人に抱いたのは初めてだった。