「愛してない」 (ページ2)

今日:3 hit、昨日:25 hit、合計:771,137 hit

02 ページ2

「おい！」

決意して瞳を閉じていたのに、あまりの驚きに目を開けてしまった。

ひっくり返る体と、掴まれた腕。

すぐ後ろで、電車の通る音がする。

ああ、わたし、死んでない。

電車が通りきる音が聞こえて、わたしは完全にへたり込んだ。

悔しさと、安堵感。

死ねなかった。

楽になりたかった。

どうしよう。

どうしよう。

でも今、安心してる自分がいる。

そんな緩い決意と、実行出来なかった事実が悔しくて堪らない。

「おい」

目の前で、わたしを抱き抱えてくれている人が声を発した。

体の隅々まで浸透させるような、低い低い声を。

わたしの腕を思い切り引っ張ったお陰で、その人まで尻餅をついてしまったらしい。

わたしはバッと体を剥がし、まじまじとその人を見つめた。

綺麗なライトブラウンの髪に、目が奪われる。

長くはないが短くもない髪を片方だけ耳にかけていて、耳に輝く派手なピアス、大きな体に似つかわしくない、優しく甘い香水の匂い。

切れ長のその人の瞳が、ギラリと光る。

どう見たって第一印象は「怖い」

その切れ長の瞳が不機嫌げに細められる。

びくりと肩が震え、思わず腕を振り払ってしまった。

『ご、ごめんなさい……』

「お前どういうつもりなの？」

『え、え？』

怒ってます、みたいな声色に肩を竦める。

眉を下げてその人を見れば、眉間にかなりのシワが寄っていた。

「ここで自殺するつもりだった？」

『……』

その言葉に、何も返せず俯いた。

その様子を肯定だと認識し、その人は深く深く息を吐く。

怒られるかもしれない。

殴られるかもしれない。

怖くなって目を瞑った。

「おい。」

今日何回その言葉を投げ掛けられたのか。

わたしはゆっくりと瞳を開ける。

「お前、自殺したいなら違う踏み切り選べ」

『えっ……』

「ここ俺んち近ぇから。ここで死なれたら迷惑」

『は、はぁ……』

「ここじゃねぇといけないって理由ある？」

『…いや、あの』

「はい決定。」

何言ってるんだこの男は。

何真顔でそんな事言ってるんだ。

考えられない。

そんな理由で止められたのか。

…いや、そもそも目の前で自殺されそうになったら止めるのが当たり前なのかもしれないけど。

「じゃあな。今度はしくじんなよ。」

わたしの決意を簡単にへし折ったその男は、颯爽と朝の冷たい空気と共に漂う霜の中に消え去っていった。