【d!】あのインキュバス共は私をなんだと思っているのか。

17【ただのかわいい後輩です】 ページ17

「先輩、多分今終電出ましたよ」



　抱えていたファイルを全て落とした挙句脚立から落ちた。
　資料室では鳴らないような轟音に血相を変えて彼が飛んできてくれたのはいいが、みっともなく綺麗とは言い切れない床に尻餅をついてファイルの追撃に遭っている先輩の姿を見て彼は一体何を思っただろうか。心中お察しする、見苦しいところを見せてしまって申し訳ない、と謝ろうとしたが心配して損した、と言わんばかりの表情になった後輩が溜息交じりに「立てますか？」と手を伸ばしてくる方が先だった。


「あーごめんねショッピ君、終電の時間忘れてた」
「いや俺は会社徒歩圏内なんで別にいいっすけど」
「羨ましいなあ、ショッピ君の住所何処だっけ？」
「えっ」
「流石に冗談だからその絶対零度の目やめて」


　少し冷たい彼の手を取って立ち上がる。今強めに手を引いてしまったが大丈夫だろうか。彼の顔をちらりと見たが、普段からそこまで感情を表に出さないタイプ故に今もデフォルトの無表情だった。この無表情の下で彼が何を考えているのかは誰にも分からない。別ベクトルではあるが、笑顔の下にどんな黒い腹を隠しているのかも含めて底が知れない鬱に何処となくこの後輩は似ている。

　今日は上司の不在により只でさえ多いデータ入力業務の量が２倍以上に増えた。当然定時に終わる筈も無く明日に持ち越そうとしている訳だけれど、多少今日の内に無理しておいた方が後が楽かな、なんて理由で定時で帰ろうとしていた優秀な後輩であるショッピ君を呼び止めて手伝ってもらっているのである。そして「今日」とは言ったもののもう日付は変わっているのだ、それで彼にパワハラだと訴えられてしまえば言い逃れは出来ない。でも彼も一応二つ返事でOKしてくれた訳だし、と言い訳じみた思考が何かを言った。


「先輩？A先輩？」
　どうやら結構長い時間彼の顔を見つめてしまっていたようで、ショッピ君が「そんなに熱烈に見つめられたら流石に照れますね」と私を茶化すように笑って言った。その声で我に返り、慌ててふいと目を逸らして地に落ちたファイルを一冊拾い上げたが、ショッピ君が既に殆ど拾ってくれていたようで、自然とまた目が合った。
　思考回路が錆びついて動かなくなった先輩を見て何を思ったのか、不意に彼のウィステリアの瞳がすっと細められ、悪戯っぽく彼が微笑んだ。



「何すか？俺に惚れました？」

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