54話:読めない ページ7
「いやぁ、Aさん、ありがとうございます。おかげで助かりました」
散らばった書類を全て片付け終わると、始めとは比べ物にならないくらいの満面の笑みを浮かべた吉野先生がそう言った。
小松田さんと二人だけだと、倍以上の時間がかかるらしい。
「新しい天女様がいらっしゃったと聞いて一時はどうなることかと思いましたが、Aさんなら安心して仕事を任せられそうです。では早速、この書類を宛先別に分けていただけますか?」
「わかりました」
……はぁん、文字。文字だ。
この世界に来て初めての文字との対面である。
何かが書かれている紙を見るのが久しぶりすぎて、あまりの喜びに口元がニヨッと緩む。
受け取った和紙の束の匂いを存分に吸い込んだ私は、与えられた席に座って書類に目を通した──のだけれど。
「Aさん? どうかしましたか?」
書類を手にしたまま動かなくなった私に、吉野先生が怪訝そうに声をかけてくる。
「……字が、読めないんです」
想定していなかった事態に、私は頭を抱えたくなる。
少し考えたらわかったのだろうけど、久しぶりの文字との邂逅に浮かれていた私は、そこまで思い至らなかったのだ。
「読めないとはどういうことですか? Aさんは未来の日本から来ているんですよね」
「もちろん、読める字もあります。ただ、現代の日本って漢字を簡略化していたり、同じ音に対してひらがなを一種類しか使っていなかったりするんです」
どの漢字がいつ変化したかまでは知らないけれど、ひらがなの使い方が変わった時期はわかる。
明治維新の時だ。
それまで一つの音に対して何種類もあったひらがなを一音に対して一字に統一したのが、明治政府だという。
『ゐ』や『ゑ』なんかがその名残で、変体仮名と呼ばれているそうだ。
大学で国文学を専攻すればその辺も詳しく学ぶのだろうけれど、私はまだ高校生。
そんなもの、読めるわけがない。
つまり何が言いたいかというと、明治政府どころか江戸幕府すら起こっていないこの時代の書類には、様々な漢字やひらがなが入り混じっているのである。
大事なことだから二回言う。
そんなもん私に読めるわけがない。
その辺りを噛み砕いて説明すると、吉野先生は納得したように頷いた。
「わかりました。では、計算も難しいでしょうか? 数字を足すだけの作業なのですが」
「たぶん読めると思います。わからない文字があればその時はお聞きしますね」
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わそ姉大好きリスナー - Ahoy 学校行きたくねェェェェェェ 続編に出航〜♪ (2023年1月25日 9時) (レス) id: 888b3d648c (このIDを非表示/違反報告)
雪(プロフ) - 小桜さん» コメントありがとうございます!忍たまって鬼滅並みに難読苗字多いですよね笑。尼子先生の出身地の尼崎の地名から取っているそうなのですけれど、私も最初は漢字と読みがなかなか一致しなくて困りました。食満は初見じゃ絶対に読めないと断言できますよね! (2022年8月12日 19時) (レス) id: 23eb6548af (このIDを非表示/違反報告)
小桜(プロフ) - マジで夢主ちゃんに同感です。食満って名字、最初は「しょくまん」って読んでしまいますよね。私もアニメで聞くまでしょくまんだと思ってました! (2022年8月12日 19時) (レス) @page19 id: 8b4a915ba2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:真白 | 作成日時:2022年4月28日 21時