40話 ページ42
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「俺は二度と、君以外の女性を好きになる事はないだろう」
『…ええ』
「君との時間は、感じた事の無い感情だった」
『……ええ』
「俺は、君と_________」
『それ以上、言わないで……っ』
それ以上言われたら、私は飢餓で死ぬ事が出来ないよりも辛いものがある。
潔癖で薄情で……そんな素振りを、隠しきれていない素振りをしてごめんなさい、杏寿郎さん。
わかって欲しい。私は、あなたが好きだから、あなたには幸せになって貰いたいの。
だから、どうか……私を忘れて、ください。
『あなたは、選ばられた強い者です。杏寿郎さん』
会話を交える事はもうなかった。
しんと静まり返る、砂糖を水で溶かしたほんのりと甘く、冷たい無常な空間。
朝日は登って間もなく、烏の羽ばたく音がした。
まだ暗がりの部屋の隅で、本を読む私。
背中、床と伸びる髪の毛を杏寿郎さんはすくい上げて、触れるような接吻をする。
本当はあの太い胴に抱きついて、香りに鼻を埋めたい。
暖かな指先に触れて、愛でられたい……っ。
人間はなぜ死ぬのでしょう……っ 生きて欲しい……千年も万年も生きて欲しい……っ。
だけれど……
『私はあなたを鬼にしたくない。老いることも死ぬことも人間という儚い生き物の美しさです』
髪がするりと落ちていった。
遠のく足音。戸が少し開いて、杏寿郎さんが何秒か私を見た気がした。
ここで振り返ったら、私の努力は水の泡だ。
暗がりの中で、私は彼を送り出さなかった。
家から人の気配が見事に消えて、また、私ひとりになった。
また、ひとりになった。
あたたかさもないこの家にまた、私はひとりになった。
『あなたを、愛しています』
その言葉を聞けなかったけど、確かに届いていた。
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私は……煉獄杏寿郎がどうなったのかを、知らない。
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おもち - 赤い花白い花の歌詞が入っていてとても惹き込まれましたー!とても素敵です!!! (2020年3月24日 21時) (レス) id: 2fd70573e8 (このIDを非表示/違反報告)
茄子(プロフ) - 小説も挿絵も何もかもがとても素敵でした……素晴らしい作品をありがとうございます…… (2020年1月25日 23時) (レス) id: 58113d68f6 (このIDを非表示/違反報告)
モルス(プロフ) - 涙が止まりません……こんな素晴らしい作品をどうもありがとう…… (2019年12月2日 14時) (レス) id: d7cc26133c (このIDを非表示/違反報告)
愛郎素(プロフ) - 香坂さん» 語彙力が!高い!!よもやよもやです……本当に書いていてよかったと感じました!これからも頑張ります! (2019年10月12日 14時) (レス) id: 56f98660a0 (このIDを非表示/違反報告)
香坂 - 言葉使いや書き方、表現に引き込まれました。一つの本を読み終えた時のような気持ちになり、とても良い作品だと心から思いました。このお話が読めてよかったです。 (2019年9月18日 17時) (レス) id: c6f322a1f4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:愛朗素 | 作成日時:2019年8月30日 21時