5話 ページ7
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昔、人を100以上食べた私の首は思いの外硬いらしい。
首を走る骨に刀の刃は到達して、骨が刃の進行を阻んでいた。
「何故、抵抗しない」
呼吸はまだ出来た。しかし、妙に息苦しく、血の量が増した。
怪訝な顔で男は私に問う。
遠く奥で少年が悲痛な顔をしている。
刀から伝わる熱が私の首を焦がそうと波打っている。
『抵抗するのが無駄だから』
力の差は歴然なのだ。
戦って散る、なんて言う武道家の血は私にはもうない。
惨めに逃げ隠れを繰り返し、罪の償い…そんな薄っぺらい理由で子供を拾い育てている。
こうも追い詰められては、逆に決心がつくと言うもの。
少年の幸せには、私は不要な存在なのだ。
だから、幸せを願って私は潔く狩られよう。
「そうか……ならば遠慮なく、その頚を戴こう!」
私はその言葉を聞いて、遠慮なく少年に微笑んだ。
私を忘れて、幸せになりなさい。
深く考えずとも酷なのは知っても承知だ。
こういう日がいずれ来る、覚悟をしておいて。
少年に向けた自分の言葉が蘇る。
振り上げられた刀は月明かりをまとって、綺麗だった。
振られた刀が今度こそ、首を両断する。
_________しかし、痛みはなかった。
「やめて!斬らないで!Aは悪い鬼じゃないから」
少年が私を抱きしめていた。
首の皮膚と鋭利な部分が触れ合うすんでのところで、ぴったりと刀は止まっていた。
私の胴を両手で抱き止めれる程大きくなく、か弱い腕で私を強く抱き締めた。
しゃくりあげる声が胸元から聞こえて、なんだか悲しい気持ちになってしまう。
「よもや…」
全てを理解したような、吐息のような声が聞こえた。
急激に襲う強烈な意識の混濁。
ぐらぐら、視界が大きく揺れる。
少年の背中に回そうとした腕は役目を果たすことなく、力が抜ける。
「A……??」
首の燃えるような痛みが余韻となって、私の意識はゆっくりと沼の底に落ちていった。
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おもち - 赤い花白い花の歌詞が入っていてとても惹き込まれましたー!とても素敵です!!! (2020年3月24日 21時) (レス) id: 2fd70573e8 (このIDを非表示/違反報告)
茄子(プロフ) - 小説も挿絵も何もかもがとても素敵でした……素晴らしい作品をありがとうございます…… (2020年1月25日 23時) (レス) id: 58113d68f6 (このIDを非表示/違反報告)
モルス(プロフ) - 涙が止まりません……こんな素晴らしい作品をどうもありがとう…… (2019年12月2日 14時) (レス) id: d7cc26133c (このIDを非表示/違反報告)
愛郎素(プロフ) - 香坂さん» 語彙力が!高い!!よもやよもやです……本当に書いていてよかったと感じました!これからも頑張ります! (2019年10月12日 14時) (レス) id: 56f98660a0 (このIDを非表示/違反報告)
香坂 - 言葉使いや書き方、表現に引き込まれました。一つの本を読み終えた時のような気持ちになり、とても良い作品だと心から思いました。このお話が読めてよかったです。 (2019年9月18日 17時) (レス) id: c6f322a1f4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:愛朗素 | 作成日時:2019年8月30日 21時