百日草 (ページ30)

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黒side

「松村さん落ち着いたかな。」

ギャッジアップされたベッド。色々ぶら下がってる輸液スタンドに、枕元には袋をかけられたガーグル。そしてベッドに横になる俺を覗き込む看護師さん。

「さっきよりはだいぶ…。」

転院先の病院に向かう車中で、酔って吐いて過呼吸気味になって。

なんていうか、お先真っ暗。まだ治療始まってすらいないのに日毎に身体が弱くなっていっている気がしてならない。

「松村北斗くん、だね？北斗くんの手術と、その前後の治療を担当することになった永井です。これから一緒に頑張ってこう。」

新しい主治医として紹介されたのは思ったより若い先生。大きい病院でなきゃできない手術だと聞かされていたから、偉いおじいさん先生が来るもんだと勝手に思ってたからなんか拍子抜け。

結局今日は人見知り発揮してなんも喋れなかったけど、永井先生なら心許せる気がした。

手術まであと3日。3日後の朝には麻酔をかけられて、手術が成功して目覚めることができればラッキー…ってとこか。

別に癌になったことを悲観したいわけでも、手術の成功を信じていないわけでもない。

なんとなく、何もかもが上手くいかなかったときの保険が欲しいだけ。そんなこんなで俺の頭の中は現在進行形でネガティブが大暴走してる。

誰かの大丈夫が欲しい。できることなら髙地の。京本の。樹の。ジェシーの。慎太郎の。なんの根拠もないくせに、頼り甲斐だけはあるメンバーの大丈夫が欲しい。

そんな我儘、俺は許された立場じゃないけどね。

冬は日が短い。まだそんな夜遅くないのに、外はすっかり夜の色だ。景色を見たいのに、昨日の車酔いを若干引きずってるのと、もはや日常になってしまった貧血が邪魔をして起き上がる気にはなれなかった。

いつもなら兄がきてくれる時間を、今日はとっくに過ぎている。昨日は転院に付き合わせてしまったから仕事が長引いてしまっているのだろうか。だとしたら申し訳ないことをした。

そんなことを鬱々と考えていたら近づいてくる足音にも気づいていなかったようで、突然開いた扉にひどく驚かされた。

「えっ、……は？」

人間、心底驚くと思うように言葉が出ないもんらしい。目の前にいる人が、現実なのか、はたまた会いたすぎて俺が見ている幻覚なのかすら判断できない。

「北斗っ」

「なんで、なんで髙地がいるの…」