Ep.9 追駆 ページ10
頬が風を受けて少し痛む。まだ空気の冷たい季節だ。超人じみた動きに追いつこうと動けば必然的に受ける風も強くなる。
「ゔっ……遠すぎ」
動くならいっそ虫のように細かく。早く。蝶なんて綺羅びやかじゃなくていい。そんなにひらひらしていたら遅い。目につかないように。意地汚く。
そうだ。蝿にでもなってしまおう。蜂なんてかっこよくなくていいんだから。
「項を切る隙さえ作れば良い。相手に見えないように」
ふと横に逸れる。木々の位置を確認しながら辺りを一瞥する。鬼ごっこといえど流石に細かい木々を縫うなんて虐めは無いだろう。
……と、思っていた。
まあ、残念なことにそのまさかである。しっかり入り組んだ木々の隙間で優雅に座っていやがる。
「なんであんたはいつも!!」
この数年で随分口が悪くなったと思う。
「A」
来れるものなら来てみろと笑われた。
名前を呼んで笑うときは何時だってそうだ。いつも笑って誂って。意地が悪いにも程がある。
「意地悪」
頬を枝が掠る。そんな痛みを気にして目を閉じてしまえばバランスが崩れる。もとより危うい体幹をフル稼働させて体制を保ちつつ、木の幹へ足を付いた。
「つ、捕まえ!!……っああぁぁぁぁぁああ!!」
やっと届いた。そう思ったが手を伸ばした瞬間、手がすり抜けて、掴めたはずのマントは既にそこに無かった。体重をかけたはずの場所が無くなり、アンカーも外れている。
勿論、Aを支えるものは無い。強いて言うなれば大気であるが質量や密度の関係上地面との熱烈な接吻は避けられないだろう。
高さ、凡そ8m。その高さから地面と熱烈にキスすれば少なくとも歯が3本。悪ければ鼻の骨とさようならだろう。
「情けねぇ。お前は受け身も取れねぇ愚図なのか」
来ると予想した痛みに思わず目を閉じた。たが予想した痛みは来ないし、来る筈の衝撃より随分軽いものが腹に響いた。
「あ……?え、兵長??」
目を開ければ不機嫌そうな顔と葉擦れする木々に隠された僅かに覗く青空。
要するに抱き抱えられていた。
現状を理解した頃、グラリと揺れた。慌てて首に手を回し、体制を整える。
「あ。捕まえた」
始めて出し抜いたような気になって、口角が上がった。
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作者名：訓練兵【エラーコード：0330】 | 作成日時：2023年3月27日 11時
