Ep.5 少年 ページ6
「ちがう、そんな。ちが、いやだ」
焦点の合わない目を、Aは彷徨わせる。リヴァイは思わず顔を背けた。母としか生きてこられなかった子供。話を聞いていれば母君、母君とことあるごとに呼んでいたその対象が死んだことをやっと認識したのだろう。保護したときも潰れた女の隣でそれに話しかけていた。
「可哀想だな」
思わず声が出た。
この少年とて、まさかわかっていなかったなんてことないだろう。とリヴァイは考える。だがリヴァイ自身も母と二人で幼少を過ごしたと言っても途中から父親代わりの男に育てられたし別にそいつを絶対として育ったわけでもない。だから、わからないのだ。箱入り息子の思考なんて。
そういえば、母親が死んだとき、自分は泣いていただろうか。
「分からんな」
リヴァイはただ、精神崩壊寸前の少年に情が湧いた。さっきまであんなに大人びていたのに。ただ手記が見つかったと言われただけで壊れてしまった。そんなAの様子を見て思わず庇護欲と優越感が降って湧いたのだ。
「落ち着いてくれ。目の前で死ぬのはもう懲り懲りだ」
縋ったのは少年の方ではなくリヴァイの方だったと脳の裏、考えた。
少しでも落ち着くよう、いつの間にか椅子から崩れ落ちていた少年を抱きとめて、ただ落ち着くように言うことしかできなかった。
普通慰めるときは大丈夫が定型文だろうが今の状況に対する大丈夫は明らかに嘘だから、そんな言葉をこの少年に言ってしまうことは憚れた。
だが慰めるだとか、ましてや子供をあやすだとか。顔が怖いと言われがちなリヴァイには経験がない。結果としてただ抱き合う男が誕生し、尋問室はなんとも言えない空気になるわけだが、
「……ごめんなさい。取り乱しました」
数分か、もしかしたらもっと長い時間そうしていた気がする。気づけば落ち着いてきていたらしい少年の顔は初めより随分生気を失っていた。
唯一崩すことなく保たれた微笑がいっそ痛々しい。
「落ち着いたなら良い」
「はい。ご迷惑をおかけしました。母君の居ない今僕は何もできません。どうかご指示を」
死んだ目で何処か虚空を見つめて少年は言う。生粋の使用人なのか、それともそうしていないといけない環境だったのか。想像するのは野暮だろうが思わずその場にいた全員が顔を顰めただろう。
「それなら、うちに来ないか」
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作者名：訓練兵【エラーコード：0330】 | 作成日時：2023年3月27日 11時
