Ep.4 停滞 ページ5
「分隊長!調べてきました!!」
3度のノックの後、入るよう言われてからだが、それでも慌ただしくドアが開かれた。ノックする余裕が有るのは良いがもう少し丁寧にノックできないのか。
あれではノックというより殴っている方が近いだろう。
「で、どうだった」
「クライシス家に子供は居りません」
分かっていたが、いざ言われるとなんだか悲しくなった。やはり自分は母君の子供ではない。だって母君のような聡明な方から自分のような愚図が産まれるわけない。
そもそも、あの清らかな方が汚されているだなんて。その男が何処かも分からないなんて。
正直なところ許せる気がしなかった。
自分も、母君を置いて何処かへ逃げた男も。
だから良かったのかもしれない。自分が子供ではないなら母君の身も心も、誰にも汚されぬ美しい、一点の汚れもない純白。
やはり母君は一人で完璧の名を冠するにふさわしい方なのだ。
「こいつも自分は子供じゃないと言っている」
「ですが」
邸宅跡からベル・クライシスのものと見られる手記が見つかりました。
ドアを勢い任せに開けた男は、そう言った。言葉の意味が理解できない。
母君の手記?
なんだ。
その、まるで母君がもう……
「いや、いやぁっ……違う、違う!!そんな、なんで。どうして、母君。貴女が居なければ、俺は、人じゃ……どうして、嫌だ」
息ができない。最低限の知能はある自分がそれを認識するのは容易かった。
そうだ、あの赤くて不快な匂いの液体は
血だ。
いま自分が浴びたままベタベタと肌に張り付く服に染み付いたこれは。自分に話しかけたあの少年のものだ。
母君に付着していたあの赤いものは
つまり、そういうことなのだろうか。
「おい、どうした。落ち着け」
声がする。だがそれどころではない。知ってしまった、気づいてしまった。
一番知りたくないこと、一番気付きたくないことを。
二度と会えない。二度と話せない。
もう二度と。
ああ思い出した。母君を置いていった男は二度と会えないんだった。
きっと、男もこういうことだったのだろう。逃げたのではなく、帰れなくなったのだろう。
「はは、ぎみ……僕も今すぐそちらへ、向かいますから。どうかお許しを。愚図な僕を、捨てないで、置いていかないで。いやだ、一人にしないで、母君。貴女しか、貴女がぁ……」
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作者名:訓練兵【エラーコード:0330】 | 作成日時:2023年3月27日 11時