Ep.19 前進 ページ22
あれからまた数ヶ月経った。整えてもらった髪は今日も目にかかることなく、寝癖が気になるが水で濡らしておけば直る質なので今のところ問題無い。
ただ、癖で横の髪をくるくると指で弄んでいたからかそこに何もないと指がから回って変な感覚だ。
「おいA。ここはもう壁外だ。元は壁の中だったがいつ巨人と出会してもおかしくねぇ」
ちゃんと周りを見ろ。とまだ索敵陣形ですらない隊列だが、馬を近づけられ頭を掴まれた。手加減しているつもりなのだろうがさすが人類最強様。握力が人間離れしていらっしゃる。
正直痛い。
「分かってますよ。折角無理を言ったんです。死んでも足手まといにはなりません。そもそも死にませんよ、僕は」
「ふっ。随分言うようになったじゃねぇか」
「こうでも言わないと自分でもちょっと不安なので」
愛馬に繋がる手綱を握りしめる。少しでも恐怖を緩和したかったからだ。
「今日は……」
消え入るような声を聞かぬまま上がる煙に従い陣形を展開した。慌てて声に振り返っても聞こえるわけもなくもう馬１０頭分は離れたであろう距離を恨んだ。
こんな時だけは、愛馬の脚が遅い事を望んでしまう。全く身勝手だ。
「A、俺たちはもう少し前に居るが会敵するのは外側だ。安心しろ」
お前のところまでは来させない。そういった先輩の声は、確実性の無い言葉なのに妙な説得力を孕んでいた。命を張る覚悟と、口に出すことで自分にその事を自覚させ、言い聞かせるようなそんな声である。
実際問題、実践を経験した兵と未経験の兵では圧倒的に生存率が違う。そもそもとして調査兵団は壁外調査から帰ってくる事自体が難しい。一年で大半は死ぬのだから。その戦死率も初陣ともあれば相当なものだろう。
まぁ、初陣の新兵は先輩に守ってもらうから、初陣というより、死ぬなら次陣だろうが。
「また煙弾……多くないか？」
見えた煙弾を同じように打ち上げる。空が赤い。晴天の青空の筈なのに。
「あれ、待って。黒しかも近いｯ！！」
あの煙の下で誰かが戦っている。しかも随分食い込まれている。もしかしたら、こっちに向かって……
あ。
なんで、目の前に巨人が。
「はやく、信号弾を」
巨人がこちらに手を伸ばす。
その距離あと２メートル。
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作者名：訓練兵【エラーコード：0330】 | 作成日時：2023年3月27日 11時
