第58話 ページ9
「風になるのって大変だなあ…」
雷門イレブンはすっかりスノーボードの特訓に夢中で、気が付けば日が暮れていた。廊下を歩いて食堂に向かう円堂は、特訓中に転んでぶつけたのか「いってててて…」と痛む肩を押さえる。そんな彼に、隣を歩く塔子が「しっかりしなよ」と声を掛けた。
「あたしはだんだんコツが分かってきたよ」
「うん! 塔子さん筋がいいよ」
1回目の滑走から順調だった塔子は、経験者の吹雪から見てもなかなかのものだったらしい。彼が頷く後方で、鬼道は「問題は全身のバランスの取り方だな」と呟いた。やると決めたら極めるタイプだからか、塔子と同じく順調に滑っていたが本人は満足していないようだ。
「ああ。スピードに乗る感覚さえ掴めば、一気に世界が変わると思うぜ」
「そうそう、その感覚分かるー!」
前方で楽しそうに話す彼らに、最後尾を歩いていた如月は心の中で同意する。彼女は最初の滑走でふらついていたが、すぐにコツを掴んで2回目以降は雪玉を避けられるまでに上達していた。
如月の場合はスノーボードが初めてだっただけでスピードには慣れていたから、特訓の成果の一言で片付けるのは違うかもしれないが、とにかく今までにはない体の動かし方を学んだのは大きな収穫だ。
これは今後の試合で活かせるかもしれない――そう考えていると、前方で染岡が「どうだった、風丸」と訊ねる声が聞こえてきた。
「まだまだ、体を思うように動かせない。……エイリア学園が来るまでに、マスターしたいよ」
『……』
俯く風丸の背中に、ぼろぼろになった体に鞭を打って必死に特訓をしていたエイリア学園の皆の姿が重なる。休憩をしたらどうかと背中に手を添えても、皆「お父様のためだから」の一点張りで如月の言うことを聞き入れてはくれなかった。あの時何もできなかった自分の無力さが、再び如月に降りかかる。
焦らなくても大丈夫だよ。左手首をきゅっと掴み、心の中で風丸に呟く。
隣を歩いていた瞳子は、如月の表情が僅かに歪んだのを静かに見つめていた。
＊
「「いらっしゃ〜い!」」
食堂に着いた雷門イレブンを待っていたのは、エプロン姿のマネージャー達だった。
扉を開けると漂ってきた美味しそうなご飯の匂いを、壁山は大きく吸って肺に満たす。彼は堪らず「飯の匂いだー!!」と席へ駆け出すが、器に盛られたご飯の量に肩を落とした。
「ええーっ!? こ、これだけー…!?」
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作者名：一森 | 作成日時：2024年1月11日 1時
