少女 ページ4
風が止んだ。
歌が消えた。
結びの音は空へと溶け、あの紅い瞳が頭上の青を映した。
少女の背後に、立つものは居なかった。
糸が切れたかのように、少女の腕は下がり、そこにはまた静寂が戻る。荒れた地に降り立つ天使は、上空へ還ることをしなかった。
ゆっくりと、また少女が歩む。
意志を喪ったその瞳には、彼の姿が映っていた。
先程とは打って変わって、彼女の足取りは酷く危なげであった。歩みを進める度に、銀雪の髪が静かな音を立てる。
｢止まれ｣
部下が告げた。少女の耳には届いていないようであった。
｢止まれ！｣
コビーは銃を下ろした。少女は真っ直ぐに、己の方へと歩みを進めていた。
｢止まらないと撃つぞ!!｣
｢やめてください｣
声が響く。彼はそれを静止した。少女は尚も歩みを進める。少女は彼の前で歩みを止めた。己より頭一つ分小さなその背に、コビーは次の言葉を待っていた。
ふいに、少女が腕を上げた。
何か、耳を劈く大きな音が響いた。
少女か。
違う。
銃声。
彼はすぐさま振り返った。硝煙が上がっている。彼は目を見開いた。彼女へと目を向ける。弾が掠ったのか、少女の首筋から、その瞳のように赤い液体が、彼女の身体を濡らしていた。
｢たすけて、ください｣
歌声とは比べ物にならない程の、弱々しい声であった。
少女の身体が力を失う。雪が舞うように、ゆっくりと崩れた。
｢早く！止血を!!他の者は人質の奪還と爆弾処理を!!｣
間一髪少女を受け止めたコビーは、焦りを滲ませた声を飛ばした。
時が進み始めた。辺りは途端に騒めき、兵は皆慌ただしく動き始める。
｢大丈夫です。助けます。だから、しっかり｣
彼女は薄く瞳を開いていた。呼吸が浅い。急所を外れてよかった。弱い握力がコビーの服の裾を掴む。
｢良かった｣
初めて見た笑顔であった。
苦しげな呼吸の間から、吐息ほどの小さな声だった。
波が揺れる。零れて、彼の掌に吸い込まれた。
少女は瞳を閉じた。
裾は握ったままだった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 5人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：エレン | 作成日時：2019年2月12日 21時
