シャングリラに綴る戯曲【掃き溜めの星】

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「翠は、言わない事で俺達を守ってくれていたのかもしれない。純粋で無垢、只管に真っ直ぐで、己の力で世界を変えられると信じていた、成熟し切っていない子供達の精神を、作り上げた小さな楽園を、真実と向き合わせない様にしていたのかもしれない。今となっちゃ分からないがな」
「それって、彼が誰よりも残酷だと言う証明でもありますね」
「ハハ、そうだな。全く酷い男が居たもんだ。でも、それ以上に優しかった」

　浅葱は力無く笑いながらソファに預けていた身体を起こして前傾姿勢を取り、自身を抱え込む様に膝に左腕を置き、もう一方の腕で頬杖をつく。その表情は微笑んでいたが、少年には苦しそうに見えた。

「俺達は多くを失う運命だ。止め処なく流れる清水の様に、救い出した命は呆気なく零れ落ちる」
「そんな事……」
「あるんだよ。その手紙が、金剛花陽が言っていた通り、俺達は思い知らされた。本当に何も成し得なかったんだよ」
「……」
「俺達は被害者であると同時に加害者だ。俺達はこの戦争で何かを手に入れたが、同時に何かを奪った。逆も又然りだ。知っているか、異能力者も無能力者も関係無く、人と言うのは利己的な存在なんだよ。己の利益を追求するあまり無情になる。俺達は新世界の英雄なんかじゃない。寄り添うべき誰かに寄り添えなかった、愚かな罪人なんだよ」

　今度は少年の拳に力を入れる番だった。今日に至るまで、自分の尊敬する師を疑った事は無い。彼の歩んで来た道が間違っているとも思わない。然し、少年が今持ち得る最大限の語彙力を投じても、その発言を否定出来そうになかった。嗚呼、何て情け無いのだろうか。頷く事しか出来ない己の無力さと未熟さに、少年は只打ち拉がれた。
　浅葱は不意に名を呼ぶと、俯いていた幼さの残る顔が上げられる。大きな縹色の瞳に揺れる水の膜は、窓から入る日差しによって淡い黄金色の煌めきへと変化していた。樹々の隙間から差し込む光がやたらと眩しい。

「どんなに正しい事をしても、俺達はいずれ間違える。正義の裁量が他者へ委ねられるなら、お前はお前自身の選択に悔いを残すなよ。だが、その果てに手にした幸福は、誰かの犠牲の上で成り立っている事を忘れるな。そして、選んだ道に生涯を掛けた責任を持て」

　──涼助。
　洗濯したてのタオルの様に柔らかく、息が出来ない程の苦しい罪悪感が滲む下手な笑顔に、少年は泣きたくなった。この意味が分からない程、少年は子供ではない。

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