シャングリラに綴る戯曲【掃き溜めの星】

├ ＊ ページ29

「事実、ですか」

　反芻する様に少年が復唱すると、浅葱は気怠げに執務机に頬杖をついた。当時の苦労を思い出すかの様な、大きく深い溜め息を添えながら。

「真相なんてもんは一つじゃない。よく真実はいつも一つだとか言うが、残念ながら幾らでもある。彼女が盗作していた可能性もあれば、教授が盗作した可能性だってある。ゴーストライター説もあるしな。人によって解釈が何通りも存在する」

　挙げ出せば、湯水の如くキリがなかった。誰も盗作事件について語らなかったのは、キャンパス内でも知る人ぞ知る事件でしかなかったから。もしかしたら、事件後は当人同士で早々に和解が成立した為に、警察沙汰にせず、事件が明るみに出る事なく収束してしまった可能性だってある。そもそも、公にされていなかった事件だったのだから、期待する方が間違いだったかもしれない。

「その代わり、事実は一つだけしかない」
「それが、金剛さんが事件に関与しているって言う……」
「そう」

　「出来る事なら、本人に聞いてみたいと思うんだけどな」と苦笑いしながら窓の外を覗き込む浅葱に、少年はふと疑問を投げ掛けた。

「そう言えば、金剛さんは今どちらに?」

　彼女の経歴については、憶測も含めて散々触れた。ならば、現在は。
　その何気無い質問に、浅葱の顔が一瞬強張った。些細な変化であったものの、少年はすぐにそれを汲み取り、何か不味い事でも言っただろうかと不安に駆られる。しかし、浅葱は構わず話し始めた。

「行方不明だと、春和さんは言っていた」
「え、なんで」
「二年前の戦争以降、連絡が途絶えたらしい。金剛花陽は無能力者だ。もしかしたら、能力者の抗争に巻き込まれた可能性もある。役所には犠牲者の届け出はないが、望みは薄いだろう」

　「単に役所が把握してないだけかもしれないがな」と言う浅葱の表情は、けして明るくはなかった。二年前の戦争の当事者として、思う所があるのだろう。
　よく見ると、彼の顔には疲労が色濃く残り、目の下には黒い隈が堂々と居座っている事に少年は少し驚いた。年齢は一回りも違うが、老けているかと言われれば違うと否定出来る程度には浅葱もまだ若い。少年や学院の生徒、教授達が与り知らぬ所で、彼は無理をしていたのかもしれない。

「だが、彼女の行き先は何と無く分かる」
「え、それは」

　浅葱は一瞬口を噤んだが、すぐに口を開いた。

「手紙の宛名主、翠斎槻の居る場所だ」

├ ＊→←├ ＊

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す