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飴色の光沢が美しい表面に、グラスに描かれた青緑色の涼しげなラインが水面の様に写り込む。程良く冷やされた麦茶がグラスに汗を掻かせる。そこから透けて見える中庭と小さな桜の木をぼんやりと眺め、男は目を伏せた。
外は嘗て若者達が焦がれて止まなかった首都東京とは思えぬ程静かで穏やかだった。風の音、鳥の囀り、時折聞こえるトラックのエンジン音、子供の笑い声。クラクションや広告の音楽、人々の間で交わされる言葉と言った喧騒とは一切無縁で、まるで別の世界にいるかの様。
華やかな大都市がこうなったのも、遡る事数年前に起きたある出来事に所以する。力を持った子供達と力を持たぬ大人による小さな、とても小さな争い事。首都全域を巻き込んだそれは数々の悲劇を生み、やがて人々が持つ財産──金銭は勿論、家や家族、人間関係、大切な思い出すらも全て業火に焼き尽くしてしまった。
だが、机に凭れてだらける男には関係無い話だ。部外者が安易に口出すべき事柄では無い。その事をよく理解しているからこそ、近年新しく設立された社団法人の社員の事も復興支援に努める有志の事も口に出す事は無かったし、これからもする事は無いだろう。それで良い。傍観者は傍観者らしく、大人しくしている方が正しいのだ。
男は伏せていた瞼を開ける。鉱石の様に煌めく翡翠色の瞳は、グラスの向こう側から覗く景色に差し込まれた違和感を即座に捉えた。
「…………今日は、人様を招く予定はなかった筈ですが」
疲労で重たくなった上体を起こしながらズレた丸眼鏡の指先で元に戻し、今度はその違和感の正体をしっかりとこの目で見る。
中庭から臨む縁側には見知らぬ人物がポツンと座っており、飛んで来た蝶を指先で触れるか触れないかの距離を保ちながら弄んでいた。此方に背を向けているので正確には分からないが、恐らく男と同じぐらいの年齢の男性。髪は茶髪からは程遠い艶のあるオリーブグリーン。次節キラリと金色に光るのはヘアピンだろうか。夏に向けて気温が上昇する今の季節には些か暑すぎる様な、ファーが付いたモッズコートを着込んでいる。カジュアルな服装なのかと思えば、かっちりとしたネクタイとスラックスと言うファーマルなアイテムも身に付けているのでそうでもない様だ。
全体的にちぐはぐとしていて、纏まりがない。だが、それが実に彼らしかった。
「こんにちは、それとも久しぶりかな」
「……あぁ」
「お名前を伺っても?」
「分かってる癖に」
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十二月三十一日(プロフ) - ドットコムさん» 二人がどの様な話をしているかはご想像にお任せします。いつか右京さんが少しでも救われる日が来る事を願っております。此方こそ有難う御座いました。 (2020年6月12日 1時) (レス) id: b1d15496af (このIDを非表示/違反報告)
十二月三十一日(プロフ) - ドットコムさん» お久しぶりです。本作をご覧頂きまして有難う御座います。あれから二年、斎槻も居なくなって二年、結構な月日が経ちましたね。今回も懲りずに名前をお借り致しました。話題にあげたかったのですが、どうするか悩んで結局曖昧な感じにしてしまいました。 (2020年6月12日 1時) (レス) id: b1d15496af (このIDを非表示/違反報告)
十二月三十一日(プロフ) - 松宮カナメさん» 同年で且つ組織内最年長だったのもあってあげさせて頂きました。何とか浅葱さんの結婚について突っ込ませたかったので、懲りずに名前をお借りしました。此方こそ、有難う御座いました。 (2020年6月12日 1時) (レス) id: b1d15496af (このIDを非表示/違反報告)
十二月三十一日(プロフ) - 松宮カナメさん» お久しぶりです。本作をご覧頂きまして有難う御座います。あれから二年も経つのですね。書いている最中も干渉に浸っておりました。名前の順については一応レブル縛り、リロードにいる事を前提にあげてますが、何となくミルクさんの次は浅葱さん辺りだろうなと。 (2020年6月12日 0時) (レス) id: b1d15496af (このIDを非表示/違反報告)
ドットコム(プロフ) - お久しぶりです。淋の親です。更新内容拝見しました。うるうるきてます。いつもありがとうございます。 (2020年6月11日 21時) (レス) id: 3561a5869c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:十二月三十一日 | 作者ホームページ:
作成日時:2018年7月12日 2時