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千寿郎に感謝をしつつ杏寿郎から退こうとしたのだが、緩んだ腕は再びぎゅうと締まり抜け出す事が出来なかった。
「千寿郎か!どうした?」
「良かった!少し兄上の御力を貸して頂きたい事がありまして…」
襖から聞こえる千寿郎の声音はとても申し訳なさそうにしていて、これには流石の杏寿郎も千寿郎の為に蔑ろにする訳にもいかず、直ぐに行くと伝えれば千寿郎は庭に居ますと其処から立ち去った。
「…」
「…杏寿郎さん、行かなくて良いのですか?」
中々動かない杏寿郎にそう言えば、Aの首筋に顔を埋めてスゥ…と深く息を吸ったと思った次の瞬間、首筋に柔らかな感触がしたと思えば、ちゅと首筋を軽く吸われた。
「っひ!?」
驚きビクリと身体を跳ねさせたAを満足そうに見た杏寿郎は、耳元に近づくと低く色のある声音で囁いて来た。
「御預けを食らってしまったが仕方あるまい。千寿郎に救われたな…それと」
あんなに離れなかった杏寿郎がするりと離れ、先程の色のある顔では無く何時もの様な元気な姿に戻っていて立ち上がれば腕を組み、何処を見ているか分からない視線で言った。
「無防備過ぎだ、簡単に喰われてしまうぞ!俺からしたら都合が良いがな!はっはっはっ!」
笑いながらとんでもない爆弾を投下して部屋から出て行った杏寿郎に、ぽつんと残されたAは言葉の意味を整理して理解した瞬間、カァッと身体中が熱くなるのを感じた。
その後、杏寿郎と会うのが気不味いなと思っていれば、やはり距離感は近いもののいつも通りの杏寿郎にモヤモヤとした気持ちが広がった。
何故彼は普通に出来るのか疑問を抱き、もしかしたら揶揄われているのでは?とそんな事が過った。
好意を寄せているとは言われているものの、それはAの反応を見て楽しんでいるのだとしたらと思うと納得がいった。
それからAは負けてはいられないと、相変わらずな杏寿郎から少し距離を取る事にした。
杏寿郎から無防備だと言われた事もそうだが、自分の捨てきれていない厄介な感情を取り除く為だと言い聞かせて。
「A!おはよう!」
「杏寿郎さん、おはよう御座います。任務へ行って参ります」
「…あぁ、十分に気を付けなさい!」
「有難う御座います、杏寿郎さんもお気を付けて。では」
起床し廊下を歩いていれば杏寿郎と鉢合わせ、挨拶をしながら抱き締めようとしてくる杏寿郎をスルリと交わしニコリと微笑みその場を後にした。
その後ろ姿を杏寿郎は只々見詰めた。
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作者名:カピバラ | 作成日時:2021年2月20日 9時