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なかなか顔を上げないAに、少しやり過ぎたかと頭を掻いた。
「すまない。泣かせるつもりは無かった」
いつもの張った力強い声音では無く、何処か落ち着いたでも少し悲しみの混じった声音でそう言えばゆっくりと事の真相を話し始めた。
「あの時、男達が君を押さえ込んでいるのを見た瞬間、腑が煮え繰り返る程の怒りを感じた。君に触れている彼等の手が如何しても気に入らなかった」
思っても見なかった事を話し出した事に驚き、泣いていた事も忘れて杏寿郎を見上げた。
ハラリと頬を伝う涙を彼の少しガサついた親指で拭われた。
「もっと早く俺が気付いていれば、君を触れさせる事も無かったのだと後悔もした。だがその後に君の内に秘めた思いを聞いてしまってからはこの様だ。自分の感情に身を任せ、君を泣かせてしまった…柱として、男として不甲斐無い」
目にした杏寿郎は凛々しく上がった眉を下げ、すまなかったと謝罪した。
それは最早嫉妬なのではないだろうか?とAの頭を過ぎったが、そんな都合の良い事は無いと言い聞かせる。
色恋沙汰に蓋をしたAにとって都合の良いと言う考えも如何なものかと思うのだが…
第一に杏寿郎はAを男と思っている時点で、彼が男色家で無い限りはあり得ない話なのだ。
「いくら試したと言っても、許されない事をしたのは重々承知している。だが…もし、可能であるのなら、勝手が過ぎるとは思うのだが…その、許してはくれないだろうか?」
まるで子供が悪戯をして親に許しを請うかの様に此方を見て来る。
その顔が余りにも普段の凛々しい姿からかけ離れており、思わずクスリと笑ってしまい杏寿郎は理解出来ずにきょとんとして此方を見つめている。
「すいません、余りにも愛らしくてつい」
「よもや!?愛らしい!?」
「失礼しました。…確かに杏寿郎さんの行動には驚きはしましたが怒ってなどいませんし、私の発言も原因なのでそんな権利も有りませんよ。ですから謝らなくてはならないのは私の方です」
申し訳ありません、そう伝えた瞬間だった。
一瞬にして目の前が暗くなったと思えばぎゅうと身体を抱き締められていた。
「謝らないでくれ!君を不安にさせてしまったのは俺の責任だ!只、Aを信用していない訳では無い事は理解して欲しい」
「私が弱いから教えて下さったのでは無いのですか?」
「違う!君は決して弱くない!」
「なら何故」
「Aに好意を寄せている。君の事が好きなんだ、愛しくて堪らない」
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作者名:カピバラ | 作成日時:2021年2月20日 9時