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「それぐらいにしてやれ、唇が取れちまいそうだ」
「む、あと少し…よし!これで良いだろう!」
ゴシゴシと擦り終え満足そうに頷く杏寿郎に、突然如何したのかと聞けば、汚れていたのだと言われてまさか先程の煮物のタレでも付いていたのか!?と焦り出したAは咄嗟に口元を手で隠した。
「タレが付いていたのなら早く言って下さい!恥ずかしいじゃないですか!」
「そう言う事じゃねぇし、タレも付いてねぇから安心しな」
呆れた顔をした宇髄とそれなら何故?と小首を傾げて杏寿郎を見るAだが、杏寿郎はそれに答える気はない様で此方を真剣な眼差しで見つめ、無事で良かったとスリリとAの頬を撫でた。
久しぶりに頬を撫でられ、その心地良さにもっともっとと顔をその大きな掌に擦り寄せた。
すると宇髄から呼ばれて其方を向けば、先程助けた女性が立っていて目が合えば深く御辞儀をした。
「あの…!助けて頂き有難う御座いました!」
「そんな大層な事はしてないよ。本当はもっと早くに気付いてあげられれば良かったのに…怖い思いをさせてしまったね」
Aは女性に近づき頭を上げさせてごめんねと謝れば、そんな事は無いです!と焦り出した女性に、クスリと笑って大丈夫そうなら良かったと微笑んだ。
「こりゃ落ちたな。なぁ、煉獄?」
こそりと杏寿郎に耳打ちした宇髄だったが、杏寿郎は特に反応せず只ジッと目の前の光景を見つめていた。
その後は心配だからと女性を家まで送り届ければ、何か御礼がしたいと言って聞かない女性に、今度甘味処にでもと言う事で話が落ち着きその場を後にした。
その間着いてきて貰った二人に御礼をすれば、構わない、問題無いと返された。
「人助けをするのは構わない!強き者が弱き者を救うのは当然だ、それで自分に危険が及ぶのは致し方ない事だが…俺が、俺達が居る時はあまり無理はするな!」
「急に居なくなるもんだから派手に心配しんだぞ?特に此奴が。次からは俺達に一言伝えな」
二人からとても心配したというのがヒシヒシと伝わって来る。
Aは申し訳御座いませんでしたと謝って、再度有難う御座いましたと伝えれば杏寿郎にポンポンと頭を撫でられた。
この後は任務が有ると言う宇髄と分かれ、杏寿郎と二人何も話す事は無く家を目指した。
一歩前を歩く杏寿郎の背中をチラリと見れば、先程の真剣な眼差しで此方を見詰める杏寿郎が脳裏に焼き付いて離れず、とくんと跳ねる心臓に今更だろうと言い聞かせた。
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作者名:カピバラ | 作成日時:2021年2月20日 9時