‘さよなら’の代わりに何が言えるというのか (ページ10)

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『とら、離して』

出勤の時間。とらは足元で必死に抵抗していた。

可愛かろうが、仕事は行かなければならないのは、Xデーが近づこうが関係なかった。

『定時で帰ってくる』

猫に言っても分からないだろうことを言って出勤する。

もう日課になっていた。

後三週間もすれば消えてしまう日課。

電車に揺られ、ふと窓の外を見た。

最近空をよく見る。

青かったり、灰色だったり、よくも分からぬ色だったりした。

赤く光る雲もあったか。

飛行機が飛べば、何かいいことがある気がした。

いつも通りが通り過ぎて、

このまま春が来る気がした。

来年の桜の花弁をその空に見た。

来年の花火をその空に見た。

来年の虫の音を風に聞いた。

どこにも春は来ていなかった。

ただ寒々しい空が私を待っていただけだった。

そういえば
泣きたいときはあれから来ない。