キールに溺れる #及川 ページ16
「ただいま」
「お帰り」
玄関先で、やけに明るい声で帰宅を告げる声が響いた。それは同棲中の彼氏…及川徹のものであり、当の本人はというとその手に一枚の紙が入ったクリアファイルを持っていた。
「今日のご飯はなに〜?」
「ピーマンの肉詰め」
「マジ? やった、最高じゃん」
「…なに、どうしたの? なんか凄い機嫌いいけど」
疑問をそのまま徹にぶつけてやると、彼はまるで悪戯っ子のような、けれども嬉しさは隠しきれていない笑顔を浮かべたのだった。
「ついに」
「ついに? なに?」
「ついに〜?」
「なになに」
「じゃん!」
クリアファイルから取り出したそれを、徹は得意げにかざした。それは書類のように幾つもの欄があり、一番上には…
「婚姻届! ついにかあ〜!」
そう、『婚姻届』の文字がしっかりきっかり印刷されてあったのである。
「そーです! ついにお前が及川になる時が来たんです!」
「とうとう今の苗字ともおさらばか。及川A。どう?」
「とても素敵だよ」
普段澄ました顔で笑う徹が、今ばかりはくしゃりと子供っぽく笑っている。知っている、これは本当に嬉しいと思っている時の笑い方だ。
なんだか幸せで泣いてしまいそうだった。
ご飯や風呂、諸々を済ませてついに書類を埋める作業に入る。緊張からか手が震えている徹はいつになく真剣な顔をしていて、ようやく私はこの人の妻になれるのだと実感した。それはどんなに嬉しいことか。
「俺、絶対に幸せにするから」
書き終えた徹が、いつにも増して優しい声で語りかける。あとは、私が名前を書くだけ。一文字一文字を大切に書いて、ボールペンを寝かせた。そして徹に向き合う。
「私は、今でも十分幸せにしてもらってる。――私も、きっと徹を幸せにするよ」
そう、かたく誓うと、徹は嬉しそうに「俺だって幸せだよ」と微笑んだ。
どちらからともなく見つめ合って、唇を重ねる。
どうか、いつになっても愛し合えますように。
▼ 幸せな男 ✕ 幸せな女
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志織(プロフ) - mokyunさん» コメントありがとうございます!松川くんのこのお話はいつか書きたいなーと思っていたのですが、せっかくなので短編集に載せました。お気に召して頂けたようで良かったです!他のキャラも色々書こうと思っていますので、ぜひ楽しんでいってください! (2018年1月22日 21時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
mokyun(プロフ) - どのお話もステキですが、特に大人のまっつん。いいですね… 外堀から埋めていって、逃げられないね?どうする?っみたいな!? 他にどんな男子がでてくるのか楽しみです! (2018年1月22日 2時) (レス) id: e5a3b0aa31 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:志織 | 作成日時:2018年1月14日 2時