本音 ページ22
息を切らしてリビングに駆け込んできた父は、いつものかっちりしたスーツとは違ってTシャツにスウェットと、まさに着の身着のままといった状態で家を飛び出したらしかった。酷く泣きそうな表情を浮かべた父は、次の瞬間には私の肩を掴んで怒鳴った。
「この馬鹿！ 病人がベッド抜け出して、挙句こんな遅くに外に出るなんて！ オイタが過ぎるって分かってんだろ賢くない訳じゃねぇんだから！」
どんだけ心配したか分かってんのかよ、と凄い剣幕で捲し立てられる。
「……本当に？」
気づけば口から言葉が勝手にこぼれ出た。
「……は？」
「本当に心配した？」
「そんなの、」
「当たり前って？ 目も合わせてくれなかったのに？ ――顔を見るのも、辛いのに？」
太一さんが息を呑む音が聞こえた。
わかってる。わかってるよ。
お父さんが凄く凄く心配してくれたことも、けれど私といることが辛いのも。
でも、もう一度、あの頃のように笑い合えるのなら。例えどんなに父が傷ついても、私が傷ついても、本音を話さなくてはならない。
「…聞いてたのか」
「……うん」
父は床に膝をついて、私の両手を取った。細く震えた深呼吸を一つして、それから、しっかりと目を合わせた。
「…確かに、お前は母さん――美代子に、似ている。正直、辛いと思ったことも本当だ。けどな」
ぐり、と何かで心臓を抉り取られるような痛みに襲われる。生ぬるい床が急に温度を失って冷たく感じた。それでも、私も父も、目を逸らさなかった。
「これ以上ないってくらい、お前のことを愛してる。誓って嘘はついていない」
――ああ、その言葉。
その言葉が、一番欲しかった。
気が付かれないように、涙が滲まないように、か細く深呼吸をして気がつく。これはたぶん、父と同じ癖だ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 193人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
エリウ - めちゃくちゃ感動しました、その作品を作ってくれてありがとうございます!! (2021年5月29日 20時) (
レス) id: 69d516a85e (このIDを非表示/違反報告)
志織(プロフ) - すずさん» 父と娘、という題材で書かせて頂いたのは初挑戦だったので、泣けるというご感想を頂けて本当に嬉しく思います。この作品を見つけて、コメントまでして頂いて、本当にありがとうございました！ (2018年11月11日 9時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
すず - 最近見つけて読ませていただきました。めちゃくちゃ泣けました！ (2018年10月29日 17時) (レス) id: c7b6d2922b (このIDを非表示/違反報告)
志織(プロフ) - りょうさん» 父娘ものって本当に難しい…！と思いながらキャラクター達の葛藤を執筆していたので、「素敵だ」と言って頂けて感謝しかございません。自分の書く文を好きと言ってもらえて、嬉しくない人はいないと思います。閲覧ありがとうございました！ (2018年1月8日 15時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
志織(プロフ) - あるてぃめっつさん» コメントありがとうございます！これでいいのかなと頭を悩ませて執筆した作品ですので、「伝わった」というお声を頂けて安堵しております。感動して頂けたのならこれ以上ないくらい、書き手として最高なことです。こちらこそ、閲覧して頂きありがとうございました！ (2018年1月8日 15時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：志織
| 作成日時：2017年11月3日 14時
