嬉々 ページ3
中学校からの帰り道、一人で道路の端を歩いていると、後ろからクラクションの鳴る音が聞こえた。心臓が縮こまってかたくなるような感覚に喉が震える。
キキッとタイヤを鳴らして私の横に停車した車の運転手を見て、ほっと息をついた。
「太一さん」
「久しぶり、奈緒子。乗れよ」
窓から顔を出した太一さんは、クイッと助手席に親指を向けた。どうやら家まで乗せていってくれるらしい。ありがとうとお礼を言って車に乗り込んだ。
太一さんは、私がまだなにもできなかった時によく家に来て面倒を見てくれた人だ。父はなるべく朝から夜の分のご飯を作ってくれていたし、帰ってきてから掃除や洗濯といった家事を熟していたが、どうしても疲れてしまった日には太一さんを呼んだり、逆に太一さんの家にお邪魔させてもらったりしていた。私は、この人から家事全般を教わった。俺がやるから、と最初はやんわり否定されたけれど、父のためだと言うと渋々ではあるが教え始めてくれたのだった。
なぜ祖父母ではなく太一さんにお世話になっているのか、詳しい事情はよくわからない。太一さんに聞いても教えてくれないし、父に聞いてもはぐらかされるだけだった。結局、当事者の私だけが何も知らない。
「あの、太一さん」
「ん?」
「家、通り過ぎちゃったんだけど」
「いいんだよ」
「でも、お父さんの晩御飯とか、お風呂とか、」
「俺が連絡しておくから安心して」
お前もたまには息抜きしなきゃ駄目だぞ、と頭を撫でられる。息抜きするほど切羽詰まってるつもりはないんだけどな、と苦笑した。
車窓から流れていく景色はどれも無感動だ。灰色を塗り込めたような空に、汚い色の建物。そう思うのは、私の心が濁っているからだろう。
通り過ぎていく人々は笑顔だったり無表情だったりとそれぞれ。私はどんな顔をしているんだろう、笑顔は作れているのかな。いつしか笑顔は“自然になるもの”じゃなくて、“作るもの”になってしまった。
停車したのはショッピングモールの駐車場だ。七階建ての建物で、色々な商品が売られている。何か買うのかな、とエレベーターの横の掲示板を見つめた。階ごとになんの商品があるのか大雑把に分類されているそれを、太一さんが指を差す。
「さて、何が欲しい?」
「え?」
「買ってあげる」
「なんで、」
「ハッピーバースデー、奈緒子」
15歳のお祝いだよ。そう言って笑う太一さんに、そうだ、この人は私の誕生日を忘れたことがなかった、と思い出した。
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エリウ - めちゃくちゃ感動しました、その作品を作ってくれてありがとうございます!! (2021年5月29日 20時) (レス) id: 69d516a85e (このIDを非表示/違反報告)
志織(プロフ) - すずさん» 父と娘、という題材で書かせて頂いたのは初挑戦だったので、泣けるというご感想を頂けて本当に嬉しく思います。この作品を見つけて、コメントまでして頂いて、本当にありがとうございました! (2018年11月11日 9時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
すず - 最近見つけて読ませていただきました。めちゃくちゃ泣けました! (2018年10月29日 17時) (レス) id: c7b6d2922b (このIDを非表示/違反報告)
志織(プロフ) - りょうさん» 父娘ものって本当に難しい…!と思いながらキャラクター達の葛藤を執筆していたので、「素敵だ」と言って頂けて感謝しかございません。自分の書く文を好きと言ってもらえて、嬉しくない人はいないと思います。閲覧ありがとうございました! (2018年1月8日 15時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
志織(プロフ) - あるてぃめっつさん» コメントありがとうございます!これでいいのかなと頭を悩ませて執筆した作品ですので、「伝わった」というお声を頂けて安堵しております。感動して頂けたのならこれ以上ないくらい、書き手として最高なことです。こちらこそ、閲覧して頂きありがとうございました! (2018年1月8日 15時) (レス) id: f90efcc153 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:志織 | 作成日時:2017年11月3日 14時