愛の数だけコウフクな嘘を【中原中也】【太宰治】

コウフクな嘘 17 ページ18

「なら俺がそっちに…」


立ち上がろうとする中也に、ギィ…とゴンドラが音を立てる


「ひいいい！辞めて下さい！」


身を竦めて涙目で首を振るAに、中也は腰を降ろす


「な、中原さん…」


すっかり怯えた顔をするAを可愛いと思ってしまう自分に、中也は内心笑った


「…じゃあ」


中也は音を立てないように浅くゴンドラに座り直した


「もうちょっと前に座ってみろ」


手で指図すると、Aは呻きながらも指示に従った


一気に距離が縮まり、脚が触れ合う


少し涙に濡れた美しい紅色の瞳に、中也の胸はとくん…と高鳴る


ほんの少しでも顔を近づければ、キスが出来てしまう、そんな距離




「あ…」




中也の瞳に魅入るように見つめていたAが、声を漏らして顔を逸らした




(や、べェ…)




漂うシャンプーの香り、色付いた頬、伏せられた瞼から覗く睫毛、細くて柔い脚


そしてー…無防備な桃色の唇




ドクン、ドクン、中也の鼓動は高鳴っていき、身体が熱くなっていく




頭の中はー…Aで１杯だった




(好きだ、手前が)



Aへの想いが、とめどなく溢れて来る



(好きなんだ、好きだ)



不意に首元を彩るネックレスに目がいった


そこで、頭に太宰といる時のAの笑顔が頭を過ぎる


(彼奴になんか渡すか、否…渡させねェ)


(俺は手前がー…)







「好きだ…」






突然、ゴンドラの静寂を破った囁き


ふと、その言葉に顔を上げる






「んっ…、」






唇に、熱く柔いものが押し当てられた


キスだと理解したときには、唇は離れていて


言葉を発しようとして、唇を開こうとすると、また、唇が重ねられた




どうして、どうしてですか、中原さん


今の「好きだ」は、本当ですか？




そんな思考が頭をぐるぐると巡るが、問うことは叶わず、与えられる口付け(幸福)を、受け続ける


何度も何度も繰り返される口付けに、Aの思考は溶けていく


そうして、唇が離されて、ぼうっとしていると、熱を帯びた中也の瞳がAを捕らえた



「…A、好きだ」



また、囁かれる言葉に、Aの心は甘く痺れる


(どうしよう、私ー…)


嬉しくて、唯嬉しくて、言葉が何も出てこない


中也の瞳を唯見つめていると、また顔が近づけられる



そっと、幸福に浸るように目を閉じる






『ハメを外さないように頼むよ』






森の言葉が呪いのように頭に浮かび、Aは咄嗟にー…




中也の身体を押していた

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