此方向いて【双黒】

此方向いて ２０ ページ21

私にとって"何時もの"日常は、"何時も"とは変わってしまった


まぁ、私も変わったのだけれど


何より変わったのはー…Aだ




(可笑しい)


その一言に尽きるしかない


これまで集中して仕事に取り組んでいたAは、何処かぼうっとしている


誤字・脱字が増え、話し掛けても返事がやや遅れる


そして、太宰が目を合わせても、すぐに目を逸らす様になった


(可笑しい、実に可笑しい)


太宰はうんと首を捻ってAを見る


ちょうどAは携帯電話を見つめているところだった



「…ふむ」



太宰は好奇心に立ち上がり、Aの後ろに気配を消して回り込む


「A、何見てるの？」


上から旋毛に話し掛けると、その旋毛はビクリと揺れて



「うわぁあっ、太宰さん！？」



Aは大きな声を上げて携帯電話をサッと手に隠した


(…ますます怪しい)


何かある、と踏んだ太宰は、にっこりと笑顔を作った



「ねぇ、A、私、君のご飯の味が忘れられないんだけど」




「ー…責任取ってよ、今日から」



後ろから肩を掴んでふぅ、と態とらしく息を吹きかけると、小さく悲鳴を上げて顔を真っ赤にするA



(嗚呼、どうしてかな)




顔を赤らめて私に怒鳴る国木田くんの声も


ひゅーと口笛を吹く乱歩さんの声も


聞こえない


今、私の耳に入ってくるのは、私をポカスカ叩くAの声



(変に君の事で頭が一杯で)



(私に何でも伝えて、嘘一つつかずに従順だった君が)



目の前からいなくなりかける


私への態度が変わる


ー…誰か、別の、誰かに、少しでも気を取られているような気がする



その事実と予感が、私の心をどうしても







不安に、そして、揺さぶるんだ

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