幸せのかたち10

・ ページ32

緑side






それはいきなりやった。

隣で歌ってるはずのしげの姿が見えへんくなったのは。





・



今はライブ公演の真っ最中
みんなそれぞれ位置について歌う曲



俺はシゲの隣

といっても広いからすぐ駆けつけられる距離ではないねんけど、






それでもしげの隣は重要なポジション


しげに何かあった時にすぐフォローできないとあかんし、なによりシゲ自身が安心して歌えるようにする役割があんねん。





だから俺も目線はしげとお客さんを行ったり来たり。



しげはそんなん気にせんでやって言うけど
やっぱり気になってしまう。






でも、やっぱり伊達に何年もこの世界でやってるわけではないから、
いつも取り越し苦労で終わるんや。幸せなことに。





・



……ふぅ、今日も大丈夫そうやな、








残す曲もあと少しになってきて
俺らのボルテージも頂点に達す頃。

お客さんへのファンサもできる限りみんなに届くように必死になっとった。






だから。







″…………っ、ぁれっ、ぇっ、″







スポットライトの中にある影がいつの間にか見えなくなっていたことに


しばらく気づけへんかった。







・







重岡side









……！聞こえへんっ、聞こえへんよっ、
みんなっ、なんでっ！







歌の途中、聞こえるはずの音が一瞬で消えた。






目の前にいるお客さんの声も、

歌ってるはずのメンバーの声も、

自分の足音すら聞こえない。








……、、、っ、こわい、







急に音が無くなった世界は
どんどんと俺の恐怖心を助長させて。


慣れてるはずやのに、
このライブという場所が、


音がない世界をより一層俺に突きつけてきて
たまらなく足が震える。





そんな世界で1人で立っているのは嫌で
誰かの元に行きたくて





無我夢中でひたすら走った。




どこにメンバーがいたのかもあんまし覚えてへんけど、ただメンバーの誰かが俺を見つけてくれると信じて走る。




お客さんびっくりしとるやろうか。
でも、いつも走り回っとるから気にせえへんか。






色んなことを思いながら夢中で走るけど

耳が聞こえない状況では
平衡感覚が徐々に失われて、





あかん、倒れるって思った時、








ふっと、体が浮く感覚がして。







……！








俺の周りにはココナツの香りが広がっていた。

・→←音のない世界

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す