時計の針が示す先【CS/派生作品】 (ページ32)

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下戸の酒事情【川端康成】ページ32

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闇の住民が蠢き出す時間帯、ヨコハマ某所にあるこじんまりとしたバーには疎らに人影があった。
その中の一人である青年は、クリムゾンレッドのバースツールに腰掛け、丸く削られた氷をからんと鳴らしている。

時代錯誤的な和服ではあるが、その相貌は整っており、伏し目がちにグラスを揺らす様はよく似合っている。その一角だけ大正浪漫な風情が漂っていた。
然し、青年とバーのマスターしか知らぬ事だが、かの青年のグラスに注がれているのはただの炭酸水である。

からんころん、とドアベルが来客を知らせる。薄暗い店内に溶け込む様に、黒ずくめな服装の小柄な青年が階段を降りてくる。マスターは来客をちらりと一瞥して、酒の用意を始めた。
来客は青年の隣にどかりと腰を下ろし、楽しげに口角を吊り上げた。

「よォ、川端。先にやってたのか」

「お疲れ様、中原君……安心して……」

「あ？ ……嗚呼、炭酸水だから酔わねェって？ンなこたァ知ってんだよ。手前は下戸だからな」

「……」

「おい、その『君もだよね』と云いたげな目をやめろ。マスター、カーディナルくれ」

そう云いつつも、中原にも一応自覚はある様で、毎度毎度酔った自分の世話をしている川端に申し訳無さそうに横目を向けた。

四年も付き合っていれば、大概の事は通じ合うもので、川端の凝視癖にも疾うに慣れた中原は、視線一つで川端の思考を理解する技能(スキル)を修得していた。お陰で「川端の上司は中原にしか務まらない」と云われる迄になっているのだが、本人達はそれを知らない。

中原の注文が耳に届いた瞬間に、マスターはグラスをカウンターに滑らせて中原の前に差し出す。中原はこの店の常連である為、何を頼むか把握していたらしい。

ワイングラスに注がれた深紅のカクテル。流石に最初から度数の高いカクテルを飲む心算は無かったらしい。中原がグラスを掲げるのに合わせて、一応川端もグラスを持ち上げる。

「何に乾杯するの……？」

「ん？そうだなァ……ポートマフィアの安寧に、とか？」

「……じゃあ、それで善いよ」

本当は、ポートマフィアの壊滅を望まなければならない立場ではあるが、敵組織でありながら唯一友人と呼べる存在である中原の笑みを無碍には出来ない。グラスの縁を鳴らして、口をつける。

中原も来た事だし、川端もノンアルコール位飲みたくなってきた。

「マスター……コンクラーベを」

にこやかに笑って、マスターはシェイカーの支度を始めた。