時計の針が示す先【CS/派生作品】 (ページ22)

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「お帰りー。お前は……嫁さん居なかったな」

「何だよ、頑張って帰ってきた同僚に云う第一声がそれか？」

「いやー、帰る途中で女の子見つけてさ、弁当届けたいって云うから連れてきたんだよ。でも、今んとこ戻ってきてないみたいでさ」

苦笑する同僚に笑って云った男は、彼が怪訝そうに片眉を上げるのを見た。如何したのかと首を傾げる。
同僚は端のソファに座る少女を見つめ、また男に視線を戻す。

「あの子、本当にこの班の奴の餓鬼なのか？」

「多分な。俺のダチなんてこの班にしか居ねえし」

「否、でも、そしたら可笑しいだろ」

同僚が其処迄言ったところで、また別の同僚が戻ってきた。これで班員全てが無事に帰還した事になる。常に怯えて警戒する日々を送っている男は、その事実に安堵した。

「──此処のメンバーに、十代の餓鬼がいる筈無いんだから」

同僚の声が耳に入る。躰が硬直する。

そう、そうだ。そう云えば、この班の人間は皆せいぜい二十代から三十代。十代の子供がいるには若過ぎる。よく考えれば気付けた筈なのに、何故判らなかったのか。

「だから云ったでしょう……『有難う御座います、愚者(FOOL)さん』って」

凛とした声が部屋を打つ。
声の主は宝石色の瞳を男に向け、僅かに眇めて笑みらしきものを形作った。

少女がバスケットの中身を手に取る。入っていたのは弁当ではなく、黒地に赤い装飾の燐寸(マッチ)箱。

滑らかな動作で燐寸を一つ取り出す少女に、遅れながら同僚達が警戒態勢に入る。男も又、何時でも叩きのめせる様に態勢を整える。

けれど、もう遅いのだと、誰も気付かない。

「しあわせな夢を見たいでしょう？しあわせな夢を知りたいでしょう？導いてあげます。ぼくはしあわせな夢の案内人……本当の願いの案内人」

燐寸が箱の側面で擦られた。ポッと灯った小さな炎に、不思議と目が釘付けになる。外そうと思っても外せない、否、外そうとすら思えない。

景色が融ける。ぐにゃりと歪んで、滲んで、描き替わる。