Episode12 -3 ページ43
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会社に着いたのは結局いつもと同じくらいの時間だった。
櫻井さんはたぶんもう仕事を始めているだろう。
私が入ってきたら「ゆっくりでいいって言ったのに」と苦笑いをされるかもしれない。
大雨が降る予想が天気予報で出ていたから持ってきた傘を傘立てに立て。
見覚えのある紳士用の傘があったけど、たぶん櫻井さんのものだ。
やはりすでに仕事を始めているのだろう。
私はそれを横目に自分のデスクがある部屋へと向かった。
ドアノブに手をかけて力を込める。
とそこで、ふいに耳に届いた言葉に動きを止めた。
「大野ならまだ来てないよ」
……私？
扉を押し開けかけた状態で固まった私は、良くないと思いながらもついつい耳を澄ます。
櫻井さんの声だけど、誰と話しているのだろう。
「今日はゆっくりでいいって言ってあるし」
相手の声は聞こえてこない。
電話をしているのかもしれない。
私はその場で逡巡した。
その結果、やっぱり盗み聞きは良くないだろうと結論付けて扉を開けることにする。
「それで、あいつは落ちてくれそうか？」
「！」
私の耳に、その言葉はふいに飛び込んできた。
私は指先からだんだんと冷たくなっていく感触を感じながら固まる。
「そうか。もう少しだろうけど、お兄さんのことは何とかしなきゃな」
「っ」
がたん、動揺して力が入った手が押し開けかけた状態で止まっていた扉を閉めてしまった。
まずい、何がまずいかわかんないけどとにかくこれはまずい。
バクバクバクと急に早鐘を打ち出す心臓と、それに合わせるように震え始める手。
ドアノブから手を引いて、そのまままた固まる。
どうしよう、どうすれば…！
焦って良案が浮かぶことなんてまずありえない。
焦る私の目の前で扉がゆっくりと開けられていった。
「っ、大野？」
櫻井さんのもともと大きな目がさらに大きく見開かれる。
私はきょろきょろ視線をさまよわせてから、諦めて「おはようございます」と呟いた。
その声はかなり弱々しくて、取り繕うことすらできなかったのだった。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年7月10日 15時
